エウロパのうみ3 | ナノ





エウロパのうみ3

 二十一時半を過ぎた頃、時和は二杯目のカクテルを飲み終わり、廉にウィスキーのロックを頼んだ。常連達の世間話に耳を傾けたり、相槌を打ったりしながら、解放された気分に浸る。
 『ren』に集まる男達はたいていが上等なスーツを身につけていた。身だしなみには気をつけているが、コンビニエンスストアのアルバイトという立場の時和からすれば、彼らの話は憧れに近いものがある。多少高くついても、好きな酒を飲みながら、自分の知らない世界の話を聞くのは、時和にとってなくてはならないものだった。
 もちろん、ほんの少しの下心はある。おとぎ話のような出会いがあるかもしれないと考えることはある。だが、時和は夢は夢のままであるほうがいいことを知っている。だから、過度の期待はしなかった。母親に似て整った顔だちをしているが、自分に自信がないため、うつむきがちで、学生時代も暗い奴だと言われていた。
「時和君? 眉間にしわが寄ってるぞ」
 二席向こうに座っていた男が、からかうように言って笑った。グラスを洗っている廉も笑みを浮かべている。時和はウィスキーを一口飲んだ。
「ちょっと考えごとです」
 一枚扉が開き、男が一人、入ってきた。廉が声をかけると、彼は涼しげな表情に笑みを浮かべる。
「ゼンちゃん、珍しくない? 今日、木曜」
 常連の男に言われて、彼は少しネクタイを緩め、奥へと進みながら、「悪魔のような上司の命令で大阪まで日帰り出張だったんです。明日は休みを取ったんで、今日、飲んで帰ろうと思いまして」と、時和の隣へ立った。
「ここ、いいですか?」
 間近で見た彼は、息を飲むほど美しい男だった。自分自身の容姿を知り尽くしているのか、先ほどとは異なるにっこりとした笑みで、隣へ座る許可を求めてくる。時和はただ頷く以外にない。鞄を足元へ置き、座った彼に、廉がおしぼりを出す。
「ありがとう」
 廉は注文を聞かなくても心得ているようで、バックバーに並ぶボトルの中からタリスカーを選び、ストレートで彼の前へ差し出した。
「小腹も空いてるんだけど、何かできる?」
 愛しいものを見る目つきでショットグラスの中のタリスカーを見ながら、彼が廉へ話しかけた。
「できますよ」
 廉はカウンターに並ぶグラスが満たされていることを一瞬のうちに確認してから、奥にある簡易キッチンへと下がる。氷が解けて少し層ができているグラスをのぞきこみ、時和は一口だけ飲んだ。隣の彼は一杯目からずいぶん癖のあるシングルモルトウィスキーを飲んでいる。
 タリスカーのボトルを見るふりをして、彼の指先を見た。長くてきれいな指先だ。汚れのない薄いベージュシャツの袖口の縫製やボタンだけで、それが高級品であることは分かる。
 彼はショットグラスへ口をつけ、味わうように余計なものが入っていないタリスカーを飲んだ。あまりにもおいしそうに飲むので、時和は次の機会に必ず飲もうと思う。こちらを見た彼が小さく声を立てて笑った。
「お名前をうかがってもいいですか?」
 くっきりとした二重のまぶたに、涼しげな目元、高い鼻梁、薄いくちびる、そして白い肌の彼は、優しく話しかけてくる。緩く波打つ髪さえ、計算されたように完璧だった。時和は緊張しながら、「古瀬時和です」とこたえる。
「古瀬時和君? 時和、か。いい名前だね。俺は、あ、せっかくだから名刺渡そう」
 彼はそう言って、足元に置いた鞄の中からビジネスカードケースを取り出す。


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