エウロパのうみ2 | ナノ





エウロパのうみ2

 時和は母親と夕食を食べた後、友達と遊びに行って来ると告げて部屋を出た。今夏、美瑛に行かないか、と誘うと、彼女は顔を綻ばせて、頷いていた。ずっと母一人、子一人でやってきた。本当はちゃんと就職して、彼女に楽をさせてやりたかったが、時和は国立大学に行くだけの学力もなく、私立へ行くのも気が引けた。
 母親は大学に行かせたかったらしい。だが、時和にとっては学費の無駄に思えて、結局、週五日で働くフリーターという身になった。給料は十万から十三万程度で、彼女の収入がなければ厳しい状態だ。もっとも、彼女は楽をしたいとは考えておらず、体が動くうちは働くと言っている。
 誰かいい人はいないのか、と聞けば、逆に聞き返されるため、時和はそういう話題を避けている。身内びいきではないが、息子の自分から見ても、年齢より若く見える母親だった。だが、休みの日に買い物へ行くことはあっても、同年代の男性と食事へ行くことはない。
 時和は自転車のカゴへ入ったままのペットボトルを持ち、キャップを開けた。中身の飲料を側溝へ流し、もう一度カゴへ入れる。高野駅前は自転車放置禁止区域になっているものの、二十時を回った駅前には自転車が所狭しと並んでいた。時和は勤めているコンビニエンスストアの従業員専用の駐輪場へ自転車を置いた。煙草の補充をしている夕勤の大学生が気づき、軽く手を振ってくる。時和も軽く手を振り返し、高野駅へ向かった。
 時和の住む地区は、中心地から電車で六駅分離れている。時間にして三十分ほどで市内の中心地へ到着する。近場にも酒の飲める場所はいくらでもあった。時和が遠出するのは、顔見知りに会いたくないという気持ちと、その手のクラブやバーに限るとここまで出てくるしかないからだった。

 中心地に着くまで迷っていたが、時和はクラブではなくバーへ行くことにした。イベントもなくフライヤーも持っていないため、通常料金を払うことになるなら、そのまま静かに飲もうと思った。
 時和がいつも行く『ren』は、歓楽街の喧騒から少しだけ離れた場所にある。その店名通り、廉(レン)という名のバーテンダーが一人で切り盛りしている。ショットバーのようなカジュアルさはなく、かといって、オーセンティックバーのようなフォーマルさもない。その中間と表現できる場所だった。
 一枚扉を開けて中へ入ると、「いらっしゃいませ」と廉がこちらを見てあいさつをしてくれる。時和は少し笑みを浮かべて、「こんばんは」と返した。木曜の夜にしか来店しないため、廉はいつも時和の座る席を空けておいてくれる。バーは奥行きがあり、細長いカウンター席が十席並ぶ。
「時和君、こんばんは」
 何度かここで会ったことのある男からもあいさつされ、時和は小さく頭を下げた。彼には連れがおり、その連れもあいさつをしてくる。
「今日は早いですね」
 廉は親しみのこもった声で笑みを浮かべながら、おしぼりを出してくる。三十はとっくに超えていると聞いたが、十歳は若く見える。彼は夜の仕事をしているにもかかわらず、肌もきれいで、髪にも艶があり、狙っている男は多いと噂されていた。
「今日はまっすぐ来たんです」
 時和の指定席は奥から二番目の席だ。おしぼりで手を拭き、バックバーに並ぶボトルを眺める。
「では、一杯目は軽いものにしましょうか?」
 時和がここへ来る時は、たいていクラブで飲んだ後だ。一杯目からウィスキーを使ったカクテルを頼むことが多いものの、今日は軽いものから飲みたい気分だった。
「そうですね。さっぱりしたカクテルで」
 かしこまりました、と廉はさっそくジンのボトルを取り出した。


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