walou番外編11 | ナノ





walou番外編11

 それでも、半ば強引に連れて行かれたのだ。エクの父親と弟のエルノに説得され、行かざるを得なくなった。
「温泉、初体験ですね」
 嬉々として用意をしてくれるエクを見て、イハブは苦笑するしかなかった。ここへ診療所を構え、皆のケガや病を治療する立場になり、時には神か何かのように感謝されるが、もともと行商人の息子であるイハブは、自分が根本的なところで受け入れられていないことを薄々感じていた。
 故郷を持つ者と持たない者の間には大きな差があるのだ。自分と距離を置くヴァーツ地方の人間は二種類に分かれる。エクと同世代の者達は、彼の心を射止めた人間が、都から来たイハブであることを憎み、嫉妬している。そして、厄介なのは、憎しみでも嫉妬でもない、よそ者である、ということを理由に受け入れられないと態度で示してくる者達だった。
 彼らは表面上は円滑な人間関係を保とうとする。すれ違えば、あいさつをしてくれるし、傷の手当てをすれば、礼を言ってくれる。だが、イハブは彼らの瞳をよく知っていた。タレブと呼ばれる賊に襲われ、命からがら都へ逃れたイハブは、ハキームのもとで学んだ。恵まれていたが、そこでも似たような経験をしてきた。
 五つも歳下のエクに、必死でヴァーツ地方の言葉やしきたりを学ぼうとしている姿は見せられない。どんなに努力しても、流れ者だったという過去を都では変えられなかった。あの時、亡くしてしまった大切な人についていくと決めた時、イハブは都での自分を捨てて、新しい土地で自分の居場所を作ることができると信じていた。
 自分でも驚くほど、気にしていたと思う。早く馴染みたいという強い思いで、ここへ来た当初は何でもやった。診療所だけではなく、ここで役に立って認められたいと語学や薬草学の知識を生かした。それでもまだ、一員にはなれていない。
 疎外感の中で、エクの思いや視線が、どれほど自分を救ってくれただろう、とイハブは冷たい風を受けながら、衣服を脱いだ。男達の視線を全身に感じる。白い肌の彼らとは異なり、イハブの肌はこげ茶色だ。
「イハブ、こっち」
 エルノが湯気の立つ温泉のほうへ手を引いた。
「待て!」
 入るな、と言われ、イハブは脱いだばかりの服と上着を来て、家へ帰った。
「あれ、早いですね? やっぱり熱すぎました?」
 夜、涙を流しながら、悪夢を見ていたエクは、よく、「おうち」と繰り返していた。イハブはエクを抱き締め、暗がりの中に灯された明かりと暖炉へ視線をやる。自分は今、「おうち」にいる。彼がいる場所こそ、自分の故郷になるのだ。彼の小さな肩へ顔を埋め、イハブは心を落ち着けた。

 どんよりとした厚い雲が流れ、時おり、陽の光が射すような天気の日だった。あの温泉での出来事の翌日だ。イハブがいつも通り、診療所で薬草を調合していると、背中にラウリを背負ったエクが、見たこともないような表情で、「来てください」と腕をつかんだ。
 有無を言わさない勢いで、エクはオストヴァルドの広場へ行く。そこには男達だけではなく、おそらく好奇心から女達も数人いた。
「エク、どうしたんだ?」
 自分が知らない間に何か問題が起きたのか、と尋ねると、エクはラウリを支えている紐を外し、ラウリごと、こちらへ寄越す。その時、彼の頬に涙が光っていた。
「エク?」
 エクは村人達へ向き直り、その場で裸になった。

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