walou番外編9 | ナノ





walou番外編9

 診療所の椅子に座り、イハブは午前中に診た村人の症状を書き留めていた。時おり入ってくる風が心地良い。薬草を並べた作業台の上には、処理済や調合済の薬が並び、その一つ一つに丁寧な字で薬の名前が書かれている。
 イハブはエクが整理している包帯や清潔な布を見つめ、小さな笑みを漏らした。診療所は大きくないものの、寝台も二つ並んでいる。寝台の隣にある台には、患者がいてもいなくても、毎朝、可憐な花が生けられていた。
「イハブ様、お昼ごはんの用意ができました」
 住居に続く奥の出入口から声をかけられて、イハブが返事をする。食事の時間はたいてい決まっているため、よほどのことがない限り、誰も来ないが、イハブは扉を閉めずに奥へ入る。廊下を少し進めば、すぐに台所と居間が見える。
 敷物の上に座り、玩具で遊んでいるラウリが手をとめて、両手をこちらへ伸ばした。イハブは彼の脇を抱え、一緒に座り込む。
「ラウリ、ごはんの時間だから、片づけような」
 イハブが玩具をかごへ入れると、ラウリは、「はい」と舌足らずな返事をして、同じように散らかした玩具を手にする。いくつかの玩具をかごへ放り込み、だが、彼の手は興味のある玩具をつかむと、それを握り締めた。
「ほら、ここに」
 かごを持ってラウリの前に差し出したが、ラウリは馬の形をした人形が気に入ったらしく、それを持って、遊び始めた。
「イハブ様、座ってください」
 鍋を机に置いたエクが、玩具を持ったラウリごと抱える。向かいに座ったエクは左の太ももの上にラウリを乗せ、彼から食べさせ始めた。イハブは鍋から肉と野菜を皿に取り、先にエクの前に置く。
「ありがとうございます」
 礼は不要なのに、エクはこちらを見てほほ笑んだ。ひいき目ではなく、彼のひたむきな美しさに敵う青年は、この地方にいないと思う。
 ラウリを迎えてから、イハブ自身も育児に参加しているが、診療所を開けている分、彼のほうがラウリの世話をしていることが多い。まだ幼いラウリの世話から始まり、食事の支度、掃除や洗濯、診療所の手伝いまで率先してやってくれるエクは、いつも身ぎれいにしていた。何より、彼が自分を見る時の瞳は、いつまでも変わらない。尊敬と慈愛に満ちた眼差しを、どんな時でも誰の前でも向けてくる。
 エクは鍋から取った野菜を半分にして、一口食べると、もう半分を細かくしてから、ラウリの口元へ運んだ。彼は口を動かしながら、ラウリのくちびるの端へついた汚れを指先で拭う。
 こちらを見て笑うラウリの瞳は、イハブが亡くしてしまった彼の瞳と似ていた。本当に魂が転生するとは思えないが、あの日、エクが口にした言葉は大きな慰めとなった。

 ラウリを寝かしつけたエクに、茶を渡す。彼は息を吹きかけながら、一口ずつ飲み始めた。調合した薬草の粉末を入れているが、何か絶大な効果があるわけではない。ただ、エクが香りを気に入り、眠る前に飲むと安心すると言ったため、毎晩、用意している。
「明日、エリクが来ます」
「あぁ。あいつの好きなラズベリー、朝のうちに取ってくるから、パイでも焼いてやれ」
 六歳になったエリクは、周囲の予想通り、指導者としての素質を持っていた。イハブから都の言葉を学びたいと言い、大人の足でも一時間半はかかる道のりを、「オストヴァルドに行ってきます」の一言とともに、出てくるらしい。そして、数日こちらへ滞在し、家の者が迎えに来ると帰るのだが、イハブ達は彼の目的が語学ではなく、ラウリと遊ぶことなのだと理解していた。

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