walou番外編7
伴侶の式を挙げなかったのは、イハブが外から来た人間だからではない。まだ彼を本当の意味で受け入れられないからだ。だが、そのことを言えば、しきたりに背くことになる。
互いにとっての伴侶であると首長の前で宣言すれば、それは肉体関係を結んでいると告げていることになる。肉体関係のない同棲は、まやかしだと言われる。エクの脳裏には一瞬のうちに様々な場面がよぎっていった。
イハブは異性にも好意を寄せられている。皆が彼を誘惑しないのは、エクという伴侶がいるからだ。もし、肉体関係のない同棲だと知られたら、彼女達はイハブを誘うに違いない。イハブに限って、その誘いに応じることはないだろうが、この一年半で築いてきたものを失ってしまう。
エクは明るい口調で、「はい」と返事をした。
「準備は整っています」
同性を伴侶に選んだ場合、子どもができないため、ヴァーツ地方では古くから親が必要な子どもを受け入れることで家族を作る。イハブにその話をしたことはない。いきなり赤子を連れ帰れば、きっと驚くだろう。
「そうか、よかった。できれば、今日、イハブも同席して欲しかったなぁ。だが、その子はおまえ達の子だ。出自を聞くか?」
エクは蒸留酒を飲み干し、頷いた。イハブに何と言われるだろう。そればかりが気になり、赤子の出自はあまり頭に入らなかった。都へ出ていた母親が、こちらへ戻る道中で産気づき、生まれた子で、彼女は高齢だったために力尽きた、とイエッセンは語った。
「名前は……」
母親が何か名前を考えていたなら、その名前をつけるべきだ。イエッセンが話す前に、それまで木製の玩具で遊んでいたエリクが、ゆりかごをのぞき込みながら言った。
「ラウリだよ」
ありきたりな名前だが、エクはその名を聞いて、息を飲む。まだ雪の積もっていないゼーレンで、かつてイハブが思いを寄せていた彼の遺骨を埋めた。風が吹くと小さな白い花が揺れ、エクは自分に背中を向けているイハブの肩が震えていることに気がついた。
慰めの言葉が見つからなかった。ハキームから聞いた彼の最期、彼は穏やかに逝ったと言えば、イハブの罪悪感は軽くなるだろうか。エクは怒鳴られても仕方ないと覚悟して、「東の果てにある国は」と切り出した。
「東のとある国の思想では、魂が早く転生するように火葬する……そうです。僕らは、同じ人間だから、あの、うまく言えないけど、でもきっと、ラウリの魂も、まためぐって、いつか、あ……」
振り返ったイハブが、幼い子どものように泣きながら、エクの体を抱き締めた。そうだといいな、と彼はかすれた声でつぶやいていた。
エクはゆりかごの中で眠っているラウリを腕に抱く。彼は眠ったままだった。エク自身、本当に転生を信じているわけではない。それはそうであればいい、という願望だ。
だが、この赤子が偽りの伴侶を続ける自分の代わりに、イハブの心を慰めるかもしれないと考えた。それとも、まだ悪夢から逃れられない自分に加え、赤子の面倒まで負わされる、と思うだろうか。
エクは軽く首を横に振る。イハブは優しい。負担も負担と思わず、背負ってくれるだろう。
「吹雪になりそうだな。今夜は泊まっていくか?」
イエッセンからの提案に、エクは頷いた。
客間から出たエクは外へ向かった。イハブが踊り出しそうなほど、太陽が輝いて見える。青い空は均一色ではなく、ところどころ濃かったり、薄かったりで、エクは都で見た空よりも高く見える空へ手を伸ばした。
部屋へ戻り、ゆりかごの中にいるラウリをのぞき込む。
「ラウリ」
そっと髪へ触れ、ゆっくりとなでた。ラウリがまだ小さな、それでも十分に愛らしい瞳を開く。
「起きたのかな? 今日はちょっと寒いけど、お日様が出てるよ」
思ったとおりの美しい青い瞳だった。エクはラウリと抱え、彼の体へ上着をかけて、外へ出る。
「ほら、きれいな青空だね」 |