walou番外編5 | ナノ





walou番外編5

 少し動いてはみ出した足を、すぐに毛布の中へ戻した。エクは目を閉じたまま、外気の寒さに息を吐く。自分の場所は寒くはない。冷えた足は、熱の源になっているイハブの足へくっつける。
 イハブは身動きせず、エクの体を抱き締めた状態で眠っている。彼の胸と腕から離れるようにして、頭を出すと、冷たい外気に触れた。エクは目を開けて、消えかかっている暖炉を確認する。
 薪を増やす必要はない。起きる時間に合わせて、朝には消える量しか入れていなかった。エクは少し高めの寝台から下りて、上着を羽織り、居間のほうへ向かう。歪んでいたが厚みのある窓の向こうには、白い世界が広がっていた。慣れた手つきで火をつけ、家の中を暖める。
 台所へ回り、冷たい水で顔を洗った後、エクは窯へ火を入れた。前日の残りものである小麦パンを放り込む。都のパンと異なり、ヴァーツ地方のパンは厚みがある。それを食べる分だけ切り、窯で温めて、スープとともに食べるのが一般的だった。
 カボチャのスープも残り物だ。エクは鍋の中へ少しだけ水を足してから火にかける。故郷に帰り数日ほどで、エクは味覚を取り戻した。母親の作ってくれた料理を食べたら、勝手に涙があふれ、イハブだけがその涙に含まれた感情のすべてを理解してくれた。
 エクは台所に吊るしてある燻製の豚肉へ手を伸ばした。塩辛いそれを鉄製の鍋で焼いたものが、イハブの好物だ。エクはナイフを使い、薄切りにした後、鍋を火であぶり、豚肉を並べた。
「おはよう」
 寝室から出てきたイハブは、まだ顔を洗っていないことを気にしたのか、エクの髪へ軽くくちづけを落とす程度で、すぐに出入口のそばへ行く。あらかじめエクが貯めておいた水で顔を洗い、口をゆすいだ後、彼はまたやって来て、うしろから抱き締めてきた。
「おはようございます」
 豚肉の香りに、イハブは小さく笑う。
「お腹空いてきた」
「すぐに用意できます」
 イハブはエクの存在を確かめるように、こめかみあたりへ鼻をあて、においを嗅ぐような仕草をした。くすぐったくて、身をよじると、彼は面白がって、脇腹を指先でいじってくる。
「イハブ様、こげます!」
 エクの言葉に、イハブは両手を挙げて一歩下がった。炎から鍋を遠ざけ、火を消す。火を使っている時はやめて欲しいと言おうとしたら、彼はすでに着替えにいっていた。もう、と溜息をついても、本当は少しも嫌ではない。もっと触れられていたら、欲望が抑えられなくなる。
 エクは窯の中からスープの入った鍋とパンを取り出した。熱を持ち始めた下半身から意識をそらし、オストヴァルドへ戻って来た頃のことを思い出す。
 本格的な冬が訪れる前だった。イハブは半年ほどで皆の心をつかんだが、全員から好かれているわけではない。首長であるイエッセン達の前では見せないものの、内心、憎んでいる者もいる。特に西側に住む者達は、前皇帝マムーンの軍の残虐な行為を忘れておらず、イハブは都の出身ではないと説明しても、なかなか打ち解けなかった。
 心の傷ほど癒えにくい場所はない、とイハブは苦笑していた。彼が償う必要はないのに、ラウリの遺骨をゼーレンへ移動させた後からは、まさに寝る間も惜しんでヴァーツ地方唯一の医者として、薬草学の知識と語学の能力を生かして、皆に尽くしている。
「エク」
 出入口から続く診療所から、イハブはそっと顔をのぞかせた。
「ジーンが来た。熱っぽいらしい。先に食べてろ」
 雪のせいで分かりにくいが、まだ早朝と言っていい時間だった。イハブは着替えを済ませるとすぐに診療所を開ける。エクは朝食が冷めないよう、もう一度、窯へ戻した。

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