walou番外編4 | ナノ





walou番外編4

 エルノは自分の思いつきに頷き、さっそくその日の夜、衣服用の戸棚の中へ身を隠した。同年代の仲間と比べ、エルノの成長は早いが、衣服を被せるようにして入ってしまえば、隠れていることが知られることはなさそうだ。
 エルノは息を潜めて、戸棚の板の隙間から様子をうかがった。先に寝室へ来たのは兄だ。しばらく寝台へ座り、書き物をした後、頭がゆらゆらと揺れ始める。
「エク」
 イハブの声に、兄は視線を上げた。イハブが持ってきた木碗を受け取り、それをゆっくりと飲む。見つめ合う二人の雰囲気は甘いが、兄と違い、イハブの仕草はまるで医者と患者のようだ。エルノはやっぱり、と思う。兄が慕うほど、イハブは兄を慕っていない。
 九歳にもなれば、伴侶となった相手とどんなふうに愛を確かめ合うのかは知っている。エルノは二人が両親のように愛し合うのかと思っていた。だが、確信していた通り、イハブは兄からのくちづけにこたえた後、何もせず、ただ兄を寝かせた。
 ひどい、と思う。兄はあんなにも心を捧げているのに、とエルノは拳を握った。
 エルノは戸棚からすぐに出ていくわけにはいかず、イハブが眠るのを待つ。なかなか蝋燭の炎を消さないイハブだったが、彼は結局、消さずに眠り始める。
 エルノは二人が完全に眠ってしまうまで動かなかった。しばらくした後、戸棚の内側から金属部分へ指をかけ、外へ出ようとする。その瞬間、眠っていた兄が声を上げた。
「っや、いや! イハブ、さ、ま、イハブさ、あ、アアア!」
 兄の叫び声に、エルノは思わずイハブが暴力を振るったのかと思った。
「たす、イハ、た、け」
 イハブは兄の手を握り、空いている右手で、何度も兄の肩を擦る。
「エク! もう大丈夫だ。俺がいる。そばにいる」
 兄はまだ眠っていた。おそらく怖い夢を見ているのだろう。はっきりと覚醒せず、泣きながら、助けを呼び、許しを請う兄の姿に、エルノは視界をにじませた。
「大丈夫。そばにいるから。おまえがいるのは、オストヴァルドだ」
 兄の体を横抱きにして、イハブは泣いている兄の耳元でささやくように話を続けた。
「オストヴァルドの家だ」
「……おうち? ぼく、おうち?」
「あぁ。おまえは家にいる。両親と弟がいる家だ。そこから出てこい」
 最後の言葉は自分に向けられたのかと思ったが、そうではないらしい。
「エク、もうそこにいなくていい」
 呼吸を乱していた兄が、しだいに落ち着いていく。イハブが小さく歌い始めた子守唄に、エルノは嗚咽をこらえるように口元を押さえた。昔、寝つけずにぐすっていた自分に、兄が歌った子守唄だ。懐かしい気持ちとともに、イハブがこの地方に伝わる古い歌を口ずさむ姿に衝撃を受けた。
 イハブが歌を覚える努力をしたから、という理由ではない。その努力も含めて、彼は彼なりに、相当な覚悟をもってオストヴァルドへ来たのだと理解できたからだった。それもすべて兄のためだと知り、兄に暴力を振るっていると勘違いした自分が恥ずかしかった。
 イハブには兄と同じだけの愛がないと決めつけていた。だが、イハブの愛は兄が向ける愛のように、皆の目に触れるものではなかっただけだ。暗い道を照らす光は、兄のためだけにその深く広い懐を見せる。
 エルノは力なく戸棚の中から出た。子守唄を歌い終えたイハブが目を丸くしたが、彼は息を吐くと、落ち着いた様子で、「おまえも眠れないのか?」と尋ねてくる。彼の腕には兄がしっかりと抱かれていた。
「……エク兄ちゃんのこと、助けてあげて」
 自分にはできないことだ。兄は自分や両親の前で決して弱さを見せないだろう。だが、イハブの前ではさらけ出す。それが二人の間にある信頼を物語っていた。イハブは兄の背中をなでていた手をとめ、こちらへ腕を伸ばす。その手を握ると、イハブは力強く、頷いてくれた。

番外編3 番外編5(帰郷から約1年半/エク視点)

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