walou番外編3 | ナノ





walou番外編3

 兄が思うほど、イハブは兄を愛していないと分かれば、兄は彼を追い出すだろうか。子ども扱いされることに不服を感じるが、エルノは自分の考えじたいが幼いことに気づきもしなかった。
 陽が昇る前に鳴く鳥の声に、エルノは寝台から起き上がった。まだ眠い。もう一度、体を横にしようとして、窓から見えた兄の姿に目を擦る。家は別だが、同じ敷地内に建っている。エルノは兄の持ち物を見て、彼が温泉に行こうとしているのだと知った。
 イハブも連れて行くのかと思ったが、先を歩く兄は、一人で道を歩いている。こんな早い時間に行くのは珍しい。エルノは兄のあとを追いかけながら、いつ声をかけようか考える。何度誘っても、「湯浴みは好きじゃなくなった」と苦笑していた。今、声をかけたら、きっと引き返してしまう。
 樹に身を隠して、兄が衣服を脱ぎ、温泉へ入るのを待とうとした。だが、エルノは兄の白い背中に残る傷痕を見た瞬間、思わず声をかけた。慌てた彼はすぐに衣服を羽織り直し、「エルノ」と名を呼ぶ。
 エルノはあまりの衝撃に言葉を失っていたが、兄が何でもないことのように、「おはよう。朝、早いね」と笑ったため、我に返って叫んだ。
「それ、あいつがやったんだろ!」
 兄は驚き、要領を得ず、首を傾げる。
「イハブだよ! あいつがやったんだ!」
 母親譲りなのは緑色の瞳だけではない。兄は端整な顔立ちをしている。エルノの世代には、あまり実感がないものの、都の前皇帝が自分達をどんなふうに扱ったか、聞き知っている。現皇帝が奴隷制度廃止に尽力したことも知っているが、それがうわべだけのことであり、根底にある差別意識がまだ残っていることも理解していた。
 だから、エルノはイハブの姿を見た時、とても嫌な気持ちになった。茶色い肌の人間が自分達を支配するために来たような気持ちを覚えたからだ。その上、彼は兄の伴侶だと紹介された。たとえ、医者であり、皆に尽くしているように見えても、兄をいいように操って管理しようとしていると思えた。
「エルノ……イハブ様はこんなことしないよ」
 兄はひざをつき、涙を流すエルノの頬を優しく擦る。
「心配しないで。もうちっとも痛くないし、過去のことだから。父さん達には内緒に、ね?」
 歳の離れた兄は、自分を心配させまいとして、こう言っているだけだ。自分がまだ子どもだから、こんなふうに慰められてしまう。エルノは彼の胸の中で泣いた。大好きな兄のきれいな肌に傷をつけた奴らが許せなかった。イハブがしたことではないにしても、兄のそばにいながら、こんな傷を負わせた彼を恨んだ。

 寝台から起き上がったエルノは、窓から差し込む光に目を擦る。兄の腕の中で泣く夢を見た。エルノは家から出て、庭先にある井戸から水をくみ上げた。水面に映る自分の顔は涙のせいで腫れている。夢ではなかった、と気づき、診療所のほうへ急ぐ。
「エルノ? おはよう」
 イハブのあいさつを無視して、勝手に奥へ向かった。寝室に入ると、寝息を立てている兄が寝台にいた。
「どうした?」
 イハブが肩に手を置いた。エルノはその手を振り払い、診療所を出る。やはり夢だったのだろうか。エルノは大きく息を吐き、冷たい水で顔を洗った。夢のようなのに、現実味を帯びた兄の傷痕はエルノに鮮烈な印象を与えていた。
 昼過ぎに様子を見にいくと、兄は花を植えている庭の一角に座っていた。イハブと話をしている彼は、幸せそうに笑う。
 イハブの指先が兄の髪をなで、器用に三つ編みを始めた。二人には二人の世界がある。乗り越えてきたものがあると分かっていても、エルノはあの傷痕を確かめ、イハブを追及したかった。
 不意に寝室に潜り込むことを思いつく。寝室でなら兄の着替えを見ることができ、もし万が一、イハブが兄へ暴力を振るうことがあれば、現場を押さえることができる。

番外編2 番外編4

walou top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -