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 エクははち切れそうな袋を紐で結わえ、自らの肩へかけた。よろめくと、ハキームの家から出てきたイハブが駆けてくる。
「エク、それは俺が持つ」
 イハブはそう言ってくれたが、彼が背負う荷物はエクの袋の倍近くあった。
「若いメルを買ったらどうだ?」
 妻達を連れて別れのあいさつのために出てきたハキームが苦笑した。
「イゾヴァの長へあいさつに寄ると約束してるから……」
 メルを引いて湿地帯を歩くのは困難なため、イハブはエクに徒歩で出ることを説明していた。エクにすれば、彼とともに歩けるなら、どんな長い道のりも困難ではない。
「おまえはこっちを持って」
 焼きたての小麦パンと干し肉が入った袋を渡される。イハブはエクの肩に食い込んだ紐を外し、彼自身の肩へかけた。
「イハブ」
 ハキームの苦しげな息づかいに、エクはハキームとイハブからそっと離れた。
 五日前に皇帝であるタミームから都を出るように言われた。言葉は優しいが、それは都からの追放を意味する。それから、イハブがハキームとどんな話をしたのか分からないものの、今日のこの旅立ちがすべてのこたえだった。
 ハキームから跡取りを奪うことになり、エクは申し訳なく思う。あいさつを済ませたイハブが、手を振って、エクを呼ぶ。目の下を赤くしたハキームは、「イハブのこと、頼んだぞ」とエクを抱き締めてくれた。
「はい」
 エクは静かに涙を流し、何度も礼を言いながら、診療所を後にした。

 ラウリの墓にしているダーナの樹のそばで、エクはイハブが骨を拾い、つぼへおさめる様子を見つめる。以前に来た時は、霧でほとんど見えなかったが、ラウリの墓のある場所は美しいところだった。青い湖の湖面は風が吹くと銀色に輝いて見える。異国の地でも、こんなに美しい場所へ埋葬されたラウリは、きっと喜んでいるだろうと考えた。
「エク」
 手のひらの土を払いながら、イハブはつぼを荷物の中へ入れた。
「ラウリは山脈より西の出身だった。落ち着いたら、彼を故郷の土の中へ帰したい」
 ヴァーツ山脈の東と西では、地理的にも離れているが、エクはイハブの願いに深く頷いた。
「ラウリに家族はいましたか?」
 話す言葉は多少異なるが、彼の家族を探すことはできるはずだ。エクの問いかけにイハブは湖を視線を向ける。
「おまえ達の地方で、家族の死を動物に例えることがあるんだって?」
 エクは少し考えてから、「短い夏の間に家族からはぐれてしまうフーラーのことですか?」と聞き返す。イハブは小さく息を吐き、「そうだ」と返事をした。もし、ラウリがその話をしたなら、彼の家族はすでに亡くなっていることになる。
 湖を前にたたずむイハブの右手を、エクはそっと握った。
「ヴァーツ山脈のふもとにゼーレンと呼ばれる場所があります。そこは夏の間、花が咲き乱れる美しいところです」
「……分かった」
 イハブがエクの手を握り返してくれる。エクは、込められた力と同じくらい強い力で握った。すると、彼は笑い出し、「力比べじゃないだろ」と手を引いて、エクを抱き寄せた。
「俺は情けない男だ」
 抱き締められたまま、エクはイハブが耳元でささやく言葉を聞いた。
「おまえが寄せてくれる気持ちにこたえられるまで、もう少し時間をくれるか?」
 エクはイハブの瞳に映る自分を見た。そこに映るのは、高価な鏡に映る醜いものではない。彼を愛する自信にあふれた一人の人間が映っている。いくらでも待てる、とエクは笑った。旅はようやく始まったばかりで、自分達の前に広がる時間と自由は、湖のように輝く未来だと感じたからだった。



【終】

42 番外編1(ラウリの最期/ラウリ視点)

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