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 エクはイハブの名を呼びながら、子どものように泣いた。彼がしっかりと抱き締めてくる。タミームの存在を忘れ、この腕の中では安全だと感じた。
「タミーム」
 いつかの夕刻のように、イハブは皇帝であるタミームに友人のように語りかけた。
「エクをこれ以上、追いつめないでくれ」
 エクは泣き過ぎたために、乱れた呼吸を繰り返していた。背中を優しくなでられ、目を閉じる。
「おまえこそ、追いつめられているだろう? エクはラウリじゃない。それとも、救えなかったあいつの代わりに、今、彼を救っているつもりか?」
 挑発するような物言いのタミームに、イハブは落ち着いた声でこたえる。
「これから先、どれだけの命を救っても、ラウリを救えなかった事実は消えない。エクは俺のそばにいると言った。俺の傷を癒やすために。だから、俺はちゃんと向き合ってる。自分の気持ちに素直になれず、権力を振りかざしてどうにかしようとしているおまえより、真剣な気持ちで向き合ってる」
 長い沈黙が訪れた。エクの呼吸がようやく規則正しくなる。それを待っていたかのように、タミームがエクを呼んだ。エクがイハブの腕の中で恐る恐る振り返ると、彼は一枚の羊皮紙をエクの前へ差し出した。新しい自由市民化の証書だ。
「書面上、おまえはまだザファルの使用人だ。これがあれば、おまえは自由に働ける……皮肉だな。俺はずっと奴隷制度を壊したかったのに、自由意思で使用人として働いているのはごく一部で、これがないために労働を強制されている人間がいる」
 タミームは深く自省するように、一度、目を閉じてから、ゆっくりと開き、言葉を続けた。
「イハブと幸せになりたいのか?」
 エクはタミームの瞳に寂しさを見た。ここには豪華な寝台も食事もあるが、エクがここで幸せになることができないように、彼もまた同じなのかもしれない。
「はい、僕は、イハブ様と……」
 タミームは頷き、エクの手に証書を握らせた。
「条件がある」
 構えたエクをかばうように、イハブが前へ出る。エクに怖がられていることを察した彼は、苦笑した。
「都から出てくれ。おまえ達の顔を見たくない」
「タミーム……」
 イハブの声は動揺していた。だが、エクには彼の条件を理解できる気がした。彼の立場では幸せになりたいからといって、それを見つけに出て行くことはできない。自由を託された気持ちになり、エクは、「ありがとうございます」とひざをついた。
「俺は生半可な気持ちで奴隷制度を廃止したわけじゃない。現状に満足もしていない。いつか必ず、そんな証書がなくても平等に生きられる国にする。まずはこの宮殿内から始める」
 ひざをついていたエクの前に、タミームも誓いの姿勢を取った。エクが慌てて彼より低い姿勢に入ろうとすると、彼のくちびるが左手の甲へ触れた。
「脅してすまなかった。幸せになれ」
 タミームはすぐに立ち上がり、執政室の扉を開け、守衛達へエクとイハブを診療所へ送れ、と指示する。
「エク、行こう」
 イハブの手がエクの手に絡む。もう片方の手には証書があった。
「ぅ、っう」
 性奴隷として扱われてから、エクにとっては永遠と思える時間が終わった。エクは愛する人と自由を同時に手にした喜びの涙で頬を濡らした。

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