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「俺の心は誰が治すんだ?」
 はっと目を見開いたエクに、イハブは続ける。
「俺を慕っている、愛していると言ったのは、どの口だ?」
 エクはくちびるを震わせて、涙をこらえるためにくちびるを噛んだ。イハブがゆっくりとエクの隣へ座る。
「離宮へ戻るのは、おまえの希望か?」
 イハブはかろうじて頷くエクの肩を抱き寄せた。
「エク……」
 彼のくちびるが額へ触れる。鼻先が髪をなでるように動いた。まるで花の香りを楽しむかのような動きに、エクは身を縮ませる。好きな相手からそんなことをされたら、体が反応してしまうからだった。
「離宮に戻っても、会えます。僕は、僕のいるべき場所で」
 言葉に詰まったのは、イハブの瞳が間近にあったためだ。すぐにくちづけできそうなほど近い。エクは彼の黒い瞳を見つめて、自分が言うべき言葉を失くした。本当はそばにいたい。どんなにいい条件を出されても、エクはもう親善大使の務めを果たせないと知っていた。
「明日、俺から皇帝へ話す。おまえは何も心配しなくていい」
 頬へ軽くくちびるを寄せたイハブは、すでに冷めている茶をエクへ差し出す。
「故郷へ帰りたいだろう?」
 茶を飲んだ後、エクは少し横になる。イハブは独り言のように言い、寝転んでいるエクの頭をなでた。
「俺もあいつを故郷へ帰してやりたい」
 ラウリのことを言っているのだとすぐに分かった。エクは聞こえないふりをして、目を閉じる。イハブの心に誰がいてもいい。エクにとって大事なのは、自分が誰を愛しているのかということだった。

 翌朝、朝食の後、すぐに宮殿へ向かったイハブは、昼になっても帰ってこなかった。代わりに守衛達が診療所へ姿を現し、エクを宮殿へ連れて行こうとした。イハブから事情を聞いていたハキームは、エクの体調不良を理由に阻止しようとしてくれた。だが、外にいる守衛の数を見て、エクが大人しく従うと、彼はそれ以上、手出しできず、黙ってエクを見送った。
 エクは前回と同じく、執政室へ通された。イハブはエクの姿を認めると、扉の前で立ちつくしているエクの手に触れる。
「エク」
 タミームはつながっているエクとイハブの手を見つめた後、ほほ笑みを浮かべて、エクの名を呼んだ。
「イハブへ言ってくれないか? おまえが自分の意思でここへ戻るのだと」
 タミームは穏やかな口調だったが、その中に含まれている鋭い切っ先は、エクを脅すのに十分な効力を発揮する。エクはイハブの手を離した。
「イハブ様、僕はここに戻りたいです」
 本心からだと思わせるために、エクはほほ笑む。
「離宮は、きれいだし、大きな寝台で眠れます。食事も、」
 おいしい、と言おうとして、エクは喉を詰まらせた。宮殿に来た時、エクは色のない世界から、光と色彩にあふれる世界へ戻ってきた。だが、生きていると実感できる喜びは、ここでは得られなかった。
「おまえの幸せはここにいることなのか?」
 エクは必死に笑みを浮かべる。
「はい」
「ちがう!」
 大粒の涙がエクの頬を滑って落ちていった。その瞬間、エクの体はイハブの腕に包まれる。
「おまえの幸せは、俺が幸せであることなんだろ! おまえがここに戻ったら、俺は幸せじゃない!」

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