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 執政室へ入り、タミームの姿を見た瞬間、エクは右ひざをついた。
「エク、あいさつはいい」
 席をすすめられ、エクは頭を下げた後、椅子へ腰かけた。すぐに茶と菓子が運ばれてくる。タミームは人払いをしてから、向かいの椅子へと座る。彼はエクを見て、ほほ笑んだ。
「元気になったか?」
「はい」
 エクは断りを入れ、タミームの茶へ砂糖を溶かす。彼は礼を言い、碗を受け取ったが飲まなかった。
「約束を覚えているか?」
「……はい、覚えています」
 体調がよくなったら、離宮へ戻る約束だった。だが、エクは戻りたくないと思っている。ずっとイハブとともに薬草店で働けたら、と夢見ていた。
「では、戻ってきてくれるか?」
 沈黙するエクに、タミームは言葉を続けた。
「今後、離宮に出入りさせるのは、俺の許しを得た者だけだ。守衛も俺が面接して選ぶ。二度と嫌な思いはさせない」
 それが嘘ではなく、タミームの誠意であることは、瞳を見れば分かる。エクは頷きそうになる自分を抑えた。皇帝の命令であれば従うべきであり、自分のために最大限の尽力をしようと申し出ている。
 タミームの指先は美しい。手のひらはかたく、剣を握るためにまめができているだろう。だが、水仕事とは無縁の指先はきれいに手入れされている。彼の指先と比較するように、エクはイハブの指先を思った。
 イハブの指先は乾燥している。細かな切り傷がいくつもあった。薬包紙へ正確な分量の粉薬を振り分け、素早い動きで包んでいく。その指先に白い粉をつけ、エクの舌に甘いという味覚を取り戻そうとしてくれた。
「エク、イハブのそばにいることは、あいつを苦しめることになる」
 エクはにじんだ視界のまま、タミームを見つめた。ラウリのことを言っているのだと今は分かる。
「イハブ様は、ラウリと僕はちがうと言ってくれました。僕は、イハブ様のそばにいたいです」
 宿屋の地下から助け出された時、エクは自らの望みを口にできなかった。相手の望むように言葉を選び、行動することを徹底的に教えられてきた。タミームがそれに気づかないはずがなく、優しく、だが、強引にエクをここへ留めた。
 イハブのそばにいたい、と口にしたエクに、タミームは少し動揺していた。エクには彼が動揺していると見抜くことはできないものの、その双眸が冷たい色に変わったのは見逃さなかった。
「おまえが、途中で役目を放棄する人間とは思えない」
「でも」
「放棄すれば、しょせんはその程度だったと言われる」
 エクはひざの上で拳を握る。確かに、エクにも体面はある。自分が責任ある親善大使の役目をまっとうできなければ、故郷の者達や都で働いてる者達に迷惑がかかる可能性があった。
 早く代わりの適役を探して欲しいと言い出せる雰囲気ではない。エクが言葉に詰まっていると、タミームは立ち上がって、エクの隣へ座り直した。
「イハブが好きだと認めていたな」
 エクはタミームの横顔を見つめる。かつてサルマが褒めていた立派な皇帝は、エクに残酷な言葉を吐いた。
「ハキームを指定医師から外す。先代から宮殿に出入りする一級の医師だった彼を外せば、診療所の評判は落ちるだろう。イハブは薬草店で腐っているようだが、あいつも自由医師だと知っていたか? 証書を渡したのは俺だ。資格を剥奪することもできる」
 素晴らしい皇帝だと聞かされていた。実際に、エクもそう信じていた。
「……返事は月の日まで待つ」
 執政室から出されたエクは、タミームから脅された事実を受け入れられず、ただ茫然と立ちつくした。

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