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 少し体を動かしたら、寝台から落ちそうになった。だが、体は温かい肌へ触れており、冷たい地面に落ちることはない。エクは動物が鼻先で確認するように、目を閉じたまま、その温もりを感じた。耳に入る鳥のさえずりに目を開ける。
 体が一瞬で反応した。急いで上半身を起こし、まだ眠っているイハブを起こさないように小屋を抜け出す。女達が洗濯をする洗い場まで、そう遠くはない。エクは冷たくなった下半身の汚れに顔をしかめ、まだ自分しかいないことを確かめてから衣服を脱いだ。
 あの夜から、イハブはエクを小屋へ呼んでくれる。薬草店と診療所の手伝いをしながら、夕食までともにして、一つの寝台で眠っていた。ぬるぬるとした感触の布を洗い上げ、エクは力いっぱい絞る。
 乳首を擦られるだけで、熱を持ち、精を放つ体に変えられたエクにとって、好きな人と同じ床で眠るのは辛いことでもあった。毎夜、反応しているわけではないが、こうして朝、溜め込んだ欲望の後処理をしていると、虚しい気持ちになる。
 エクは替えの衣服を着て、滴の垂れている洗い立ての衣服を枝へかけた。小川沿いに咲く野花を見つけ、その細い茎へ手をかける。きれいだから、手折って持って帰ろうと考えた。だが、すぐに思い直し、エクは茎から手を離す。水に差しても、ここよりほかに長く生きられる場所はないと思ったからだった。

 人差指と親指を動かし、エクは包帯をきれいに巻いていく。イゾヴァの商隊が来ているため、イハブは薬草店を空けていた。その間、エクは診療所のほうへ移動し、簡単な仕事を任せてもらった。
「足はどうだ?」
 ハキームの言葉に、エクは、「もう平気です」と返事をする。受付に置いてある鈴の音が聞こえた。ハキームがのぞき、「どうしました?」と声をかけながら出ていく。エクは薬草店でも診療所でも、あまり表へは出ない。いまだにエクの容姿を見て、ヴァイスだと指差す者もおり、エクは二人に迷惑をかけないよう、気をつけていた。
「エク」
 呼ばれて、出入口へ顔を出すと、見覚えのある事務官が守衛を連れて立っていた。エクは胃をつかまれたような気分になり、顔色を変えた。
「お久しぶりです。さすがハキーム様の療養所は質が高い」
 ずいぶん顔色がよくなった、と言われ、エクはあいまいに頭を下げる。彼らが来た理由は一つしかない。エクが押し黙っていると、ハキームが助けてくれた。
「ケガは治っているが、まだ離宮に帰せる状態ではない。タミーム様へは診断書と手紙を書こう」
 事務官はかすかに笑い、「タミーム皇帝は」とゆっくり口を開く。
「本日付けでの親善大使復帰を望まれていらっしゃるわけではない。ただ、エク様の様子をお知りになりたい、と茶の誘いのためにここへ私達を送っていらっしゃるだけだ。さぁ、エク様」
 エクが事務官を見上げると、彼は右手を差し出した。皇帝からの茶の誘いを断るわけにはいかない。ハキームもそれを心得ている。
「いってきます」
 エクはハキームを振り返り、戻って来るつもりで言った。ハキームは用意した診断書を丸めて、エクに手渡す。
 外には馬車があった。事務官は先にエクを中へ入らせる。宮殿へ続く道はほかの道よりも整備されてはいるが、途中何度か激しく揺れた。気まずい雰囲気の中、エクは自らの指先を鼻の下へ持っていった。かすかに薬草の香りがする。そして、それはイハブの香りに似ている気がした。

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