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 明かりの漏れている小屋の扉を軽く叩く。エクは返事を待たずに中へ入った。寝台に座っていたイハブが驚いた表情をこちらを見つめる。エクは羽織っていただけの衣服を下へ落とした。
「エク……」
 とがめる声を聞いても、エクはイハブの前へ進んだ。ただ見ているだけで、幸せな気持ちにさせてくれる大好きな人だ。闇と影だけの世界でも、人として扱われない世界でも、彼のことを考えるだけで、エクは満たされた。
「イハブ様、僕のこと、抱いてください」
 エクはイハブのひざが触れそうなほど近くへ寄る。自分と同じ気持ちでなくてもいい。エクが望んだのは、ただイハブの慰めになることだけだった。
「ラウリだと思って。うしろからでも、目隠しをしても構いません。僕をだっ」
 乾いた音がした。エクは叩かれた左頬へ触れる。これ以上の痛みを知っているはずなのに、イハブに叩かれた頬は今まででいちばん熱く重い痛みを訴えた。
「ラウリとおまえは違う」
 台の上で揺らめく蝋燭の炎がにじんだ。性奴隷だった自分とは違う。そうとらえて、エクは涙を拭った。寡黙な彼が一言、二言、言葉を交わしてくれたり、手作りの菓子を食べさせてくれたりするのは、自分が特別だからだと思いたかった。
 だが、そうではないと言われても、嘆いたりしない。恋の駆け引きを知らなくても、エクは愛が何であるのかを知っていた。
「イハブ様、あなたを、お慕いしています。どうか、僕の体を、お役立てください」
 エクはひざまずき、イハブの衣服へ触れた。結ばれた紐を解き、前を寛げると、彼の性器があらわになる。涙があふれ、頬をつたった。あれほど嫌悪感を覚えていたのに、それが好きな人の一部だと思うと、嫌悪感は消えてしまう。
「やめろ」
 イハブの性器へ手を伸ばした瞬間、彼の手がエクの手をつかんだ。
「エク」
 視線を合わせないようにしていた。自分の緑の瞳を見ることで、ラウリではないと認識させたくなかったからだ。
「エク」
 あごをつかまれ、強引に顔を上げさせられる。エクは目を閉じた。目尻から頬を流れる涙の感触がくすぐったい。
「目を開けろ」
 優しい闇色の瞳がまっすぐにエクを射抜く。
「俺はもう、誰も愛せない」
 深淵を知る瞳には、自分が映っている。エクは自分を映してくれるイハブの瞳に、「よかった」とつぶやいた。
「愛さないって、拒絶じゃないなら、僕はこれからも、ずっとイハブ様を愛します。そうしたら、いつか、あなたの心が治って、誰かを愛せるようになるから」
 エクはそっと手を伸ばして、指先でイハブの頬へ触れた。この人のことが好きだと、心の底から愛しいと実感した。
「エク」
「はい」
 イハブは衣服を整えた後、裸のままだったエクへ柔らかな布を羽織らせた。
「……おまえを愛せるようになれと言わないのか?」
 エクは布の端を握り締める。ぜい沢な願いを口にするべきではない。
「イハブ様が幸せなら、それが僕の幸せです」
 そうか、と言ったイハブに、エクはもう一度頷いた。とんとん、と狭い寝台の空いている場所を叩き、彼がエクを呼ぶ。言葉のない指示だったが、エクは素直に彼の隣へ寝転んだ。
「おまえはおまえで、誰かの代わりになんてなれやしない」
 蝋燭の炎を吹き消す寸前、イハブは小さな声で言った。
「はい」
 それがラウリとおまえは違う、と言った言葉への説明なのだと分かり、エクはイハブの不器用な優しさにほほ笑んだ。

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