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 涙を拭ったイハブの瞳が、急激に冷えていく。エクはその瞳の色を知っていた。非を責める色だ。
「あ、ご、ごめんな、さ」
 エクを支えていた腕が離れ、エクは隆起した幹の上に手をついた。イハブの向こうに、手向けられた花が見える。追ってきてはいけなかった。彼の秘密をのぞき見ている気分になり、エクは急いで立ち上がる。
「イハブ様、本当に」
 ごめんなさい、と続けたかった言葉は、イハブの拒むような視線に消えていく。
「……一人にしてくれ」
 背を向けられた。エクはくちびるを噛み締め、そろそろと歩き出す。霧はずいぶん晴れていたが、道はほとんど分からなかった。ただ太陽が昇ってくる方角を見ながら、南へ向かう。こんなに冷え冷えとした朝を、エクはまだ経験したことがなかった。
 誰と間違えられたのか分からない。だが、同郷の者だということは分かる。ラウリ、という名前は、ヴァーツ地方独特の名前だからだ。エクはあふれた涙を拭った。手向けられた花の意味を知らないわけがない。イハブの『ラウリ』は亡くなっているのだろう。それでもなお、彼に思いを寄せられるラウリが羨ましい。同時に妬ましく思う。
 見知った都の道へ戻り、エクは帰路へ着いた。ふくらはぎのあたりまで汚れた足をそのままにして、診療所の椅子へ座る。ようやく、タミームの言葉の真意を理解できた。白い肌に金糸の髪、虐げられてきた痕、自分はラウリに似ているに違いない。だから、優しくされた。
 ひどく喉が乾いた。エクは裏に回り、水をくみ上げて喉をうるおす。身代わりにされた、と悲しむ自分がいる一方で、もっとイハブの役に立てると喜ぶ自分もいる。ラウリは亡くなり、彼の気持ちを手に入れた。だが、今、彼に触れられるのは生きている自分だ。
「エク」
 ハキームが軽く手を挙げ、「早起きだな」と笑みを見せる。エクは水をくみ上げ、桶をハキームへ差し出した。
「ありがとう」
 顔を洗い終わるのを待ち、エクはハキームへ尋ねた。
「僕はラウリに似ていますか?」
 ハキームが息を飲む。どうして、と尋ねたそうに口を開く彼に、エクは、「イハブ様のお役に立ちたいです」と言葉を紡ぐ。
「……まぁ、似ていると言えば、似ているが、ラウリのこと、聞いたのか?」
 エクは嘘をついた。ただ深く首を縦に動かした。ハキームは、「そうか」と視線を落とし、「正直、また二の舞になるのかと思った」と言った。
「いくらタミーム様の許可があっても、状況が状況だけにな。わしは……ラウリの最期を見た。穏やかな表情をしていたと言っても、イハブは信じなかったが、あの子は青い瞳に空を映して、ほほ笑んで見えたんだ」
 視線を上げたイハブは、エクの頬へ触れる。
「イハブはずっと悔いている。君が何か背負う必要はない。ただ、あいつが助けを求めたら、力を貸してやって欲しい」
 朝焼けの中で、エクはハキームの言葉に頷いた。サルマのように助けてくれた時、傷の手当をしてくれた時、あいさつを返してくれた時、ほんの少しほほ笑んでくれた時、エクは彼を見つめるだけで幸せだった。だから、彼のためなら、何でもできる。

 薬草採りから戻ったイハブは、エクに診療所を手伝うようにと指示した。エクは言われた通り、薬草店ではなく診療所の手伝いをして過ごす。
 今まで食事は一緒に食べてくれたが、エクはこの日、夕食まで一人で食べ終えた。何の味もしない。熱いのか冷たいのかも分からない。月明かりを頼りに、エクは布を濡らし、体の汚れを拭う。避けられていると冷静に理解していた。

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