walou32 | ナノ





walou32

 エクが目を覚ましたのは、言い争う声が聞こえてきたからだ。寝台の上で仰向けになって眠っていた体を、ゆっくりと起こす。違和感にはすぐ気づいた。エクは衣服をめくり、包帯の巻かれた胸や腹、手首や腕を確認する。
 包帯の結び目を見て、誰が手当てをしたのか理解した。同時に、体を見られたのだと知り、泣きたくなる。涙をこらえたのは、扉の向こうから聞こえてくる怒声のためだ。エクは左足を引きずるように歩き、そっと扉の隙間へ耳を当てた。
「あいつの傷に気づかなかったなんて、そんなこと、信じられるわけないだろ」
 イハブの言葉に、タミームは反論した。
「俺はちゃんとハキームへ診せるよう指示した」
「指示しただけだ。親善大使に仕立て上げて、ここで何をさせてたんだ?」
 責める口調のイハブに、タミームも声を荒げる。
「現状を把握していなかったのは俺の責任だ。だが……」
「奴隷制度を廃止して何年になる? 俺に理想論を語るのはもうやめろ。あの父親の血を引いて、ッウ」
 鈍い音にエクは扉を少しだけ開けた。左頬を押さえたイハブが、タミームを睨んでいる。
「イハブ、おまえこそ、取り残されてる」
 イハブは握っていた拳を緩め、小さく息を吐いた。それが怒りを静める方法ではなく、諦めなのだと知り、エクは彼のかげりを思い出す。自分の知らない、手の届かない彼を目の当たりにして、扉から離れた。
 性奴隷だったと知られ、体の傷痕を見られた後では、軽蔑されてしまうと思えた。エクは寝台へと座る。扉を開けて入ってきたタミームは、エクが起きていたことに少し驚いていたが、すぐに笑みを浮かべた。
「起きたのか。痛いところはないか?」
 エクは首を横に振る。扉のほうへ視線を向けると、たたずんでこちらを見つめるイハブがいた。エクは慌てて視線をそらす。
「エク、……ここで誰かに抱かれたか?」
 イハブの前でそれを聞かれるのは、酷だった。エクは隣へ腰を下ろしたタミームの足元を見つめる。どうしてここに来てまで、男達の性欲処理をしているのか、エクには分からなくなった。最初はどうだったかと思い返してみて、助けられたあの日も、犯されたことを思い出す。生まれ変われたかもしれないあの日から、エクは少しも変わっていない。
 守衛達から乱暴されている、と言えば何か変わるだろうか。性交時に使用されている軟膏はファイザの使用人が手に入れている。その入手経路が明るみになれば、彼女が何を仕掛けてくるか想像もできない。
 故郷にいる家族に知られることも怖かった。使用人として働きに出ることも不安がった家族に、性奴隷だったと知られたら、彼らは自分達を責めるだろう。自分が責められるより、彼らの狼狽のほうがエクにはこたえる。
 タミームからの問いかけにこたえずにいると、彼は溜息をつき、エクの髪をなでた。
「いずれにしても、療養しないといけない。ハキームの診療所へ行け」
 名残惜しそうに離れていった指先は、上等な外套をつかむ。タミームはエクの肩へその外套を羽織らせてくれた。そして、彼は外套の前を結ぶために立ち上がり、イハブとエクの間に立った。
「イハブが好きか?」
 エクは昔サルマに聞かれた時と同じように、素直に頷く。タミームの指が一瞬とまったが、深い意味があるようには思えなかった。
「体調が戻ったら、またここへ戻って来るんだ」
「はい」
「……おまえの存在はイハブを苦しめるだろうから」
 続いた言葉に、エクはタミームを見上げた。皇帝の言葉だ。エクは、「かしこまりました」と頭を垂れる。自分のような身分の者が、イハブに好意を寄せるのは、彼にとって迷惑だと言いたいのだと考えた。
 離宮の前で馬車へ乗せられ、エクはイハブと向かい合わせに座る。イハブは腕を組んで、目を閉じていたが、馬車が動き出すと、目を開けた。
「エク、薬を飲ませて悪かった」
 急に眠気が襲ってきた原因を知り、エクはだまされた気分になる。だが、イハブは自分の傷を診るために仕方なく眠らせたのだろう。まだ話かけてもらえることに安堵したエクは、小さく首を横に振った。

31 33

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -