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 イハブの表情は大きな変化を見せなかったものの、「そうか」という相槌にはねぎらいがにじんでいた。これからも友好に努めていきたいと伝える前に、彼はエクを寝台へ座らせる。
「ちょっとがんばり過ぎてないか?」
 エクは自分を見つめるイハブを見返し、彼もずぶ濡れであることに気づいた。傷痕を見せまいとして、そのことばかりを気にしていたが、自分を助けるために湖へ飛び込んでくれたのは彼だ。
「食欲は? ちゃんと食べてるのか?」
 イハブはエクの頬にかかっていた髪を耳のうしろへかけてくれる。エクは慌てて立ち上がり、「イハブ様」と呼びかけた。同時に、扉が開き、ファイザと使用人達が入ってくる。
「エク様、よかった、意識が戻ったのですね」
 ファイザの感激の声とともに、彼女の腕が伸びてくる。エクは一瞬のうちに、彼女から抱き締められていた。
「私の髪飾りのために、ありがとうございました」
 エクには意味が分からなかった。使用人から布を受け取ったイハブは、着衣の上だけを脱ぎ、体や髪を拭き始める。褐色の体は逞しく、エクは彼の彫刻のような体に見惚れた。
「イハブ様、こちらをお召しくださいませ」
 使用人は用意していた衣服をイハブへ渡し、着替えができるように、と寝室から別室へ案内する。
「イハブ様にも色目を使ってるの?」
 寝台の上へ突き飛ばされたエクは、左足をかばい、うまく受身が取れなかった。
「偶然、イハブ様が通りかかって、命拾いしたわね。私が落とした髪飾りを取ろうとして、落ちたと説明してあるわ。誰に聞かれてもそう答えなさい」
 威圧的な物言いに、エクはただ頷いた。衣服の前を閉じているひもを外され、乱暴にめくられる。ファイザは優越感に満ちた笑みで、エクを見下ろした。
「汚い体ね。タミーム様が抱かなかったのも納得だわ」
 エクの指先が小さく震えた。血の気が引く思いだった。誰かにあの時の自分達を見られてしまったのだろうか。くちづけを受けたことが知られたら、本当に殺されるかもしれない。エクは思わずくちびるへ触れたが、ファイザは気づかずに寝室から出ていく。
 入れ替わるようにして入ってきたイハブの姿を確認し、エクは衣服を整えた。彼の姿を見ると、自然と笑みが浮かぶ。彼は軽くエクの頭をなでるようにして、手を動かした。
「軽い食事を頼んだから、それを食べて休め。この薬草を食後に」
 イハブは鞄を肩にかけ、濡れてしまった衣服を小さく丸めた。彼が帰ってしまうことを残念だとは思わない。エクにとっては、ただ見るだけで幸せな気分にさせてくれる存在だからだ。
「……イハブ様、明日も来ますか?」
 頷き、去っていくイハブのうしろ姿を見ながら、エクは不埒なことを考えていた。ケガをしたら、彼が来てくれる。継続的な治療を要するケガでなくてはいけない。エクは左足首に巻かれている包帯へ触れた。

 発酵させた薬草を清潔な布ではさみ、イハブはそれをエクの腫れている左足首へ巻いた。良くなるどころか、悪くなっている、と言われて、エクはあいまいな笑みを浮かべていた。ほかに痛いところはないか、と聞かるたび、腹痛やアナルの痛みを無視して、平気だとこたえた。
 エクが性奴隷だった時、一晩に相手をする人数は限られていた。地獄のように感じたあの地下でも、エクには商品としての価値があり、きちんと管理されていたからだ。
 だが、ここでは違う。二、三人だった守衛が今は一晩に五人ほどで来ることもある。昼間に来る守衛と合わせると、精神的にも肉体的にも限界はとうに超えていた。
 使用人が湯を運んでくる。エクの前で、イハブは熱い茶をいれてくれた。
「気分が落ち着く薬が入ってる」
 渡された碗をそっと持ち、エクは息を吹きかけながら、その茶を一口ずつ飲む。イハブの黒い瞳に見守られ、エクは振りきった針がまた元の位置へ戻るのを感じた。
「大丈夫か? 横になっていい」
 いつもならこんな時間に眠くなることはない。エクの手から碗を取り上げたイハブが、寝台へ横たえてくれる。
「イハブ様、つ、次は、いつ……」
 まぶたが重くなる。エクはイハブがかすかにほほ笑んだのを見て、目を閉じた。幸せな夢が見られそうだ。

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