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 寝室へ戻ると、昼食会のための衣服が置かれていた。上質な布へ触れ、汚れた体のまま身にまとってはいけない、と階下へ向かう。湯浴みを希望すれば、湯を用意してくれるらしいが、エクは使用人達へ頼めず、自分で水をくみ上げた。布を濡らし、体を洗った後、寝室へ戻り、服へ袖を通す。
 濡れないようにうしろで結んでいた髪へくしを入れ、もう一度、結び直す。タミームの正妃であるファイザと会うのは初めてだった。事務官達は大きな勘違いをしている、とエクは考えている。彼らはタミームがエクを気に入っていることを懸念し、前皇帝のような過ちを犯すのでないか、と苦言を呈していた。
 その過ちというのは、ヴァイスを性奴隷にしていたことだ。タミームの功績に対して失礼極まりない言葉だったが、償いの方法として、エクを親善大使に仕立て上げ、最終的に側室へ入れるという結論に至れば、彼らの懸念は正当なものだ。
 政治に疎いエクにはそのあたりのことがよく分からない。周囲に味方もいないまま、エクは事務官のみならず、正妃ファイザからも敵視される立場にあった。
 正妃と側室達の暮らす離宮は、タミーム以外の男性が入ることは許されないため、その庭に造られた食事会のためだけの席へ案内された。エクがあいさつをすると、タミームは笑みを見せ、ファイザへと紹介する。
 ファイザは大きな瞳にエクを映し、それから、愛着のある笑みを浮かべた。可愛らしい人だ、とエクはすぐに視線をそらし、ひざをつく。
「エク、そういう堅苦しいあいさつはいい。ほら、席について」
 タミームに手を取られ、エクは主賓の席へ促される。
「エク様、とても美しい髪ですね。髪飾りがあればもっと素敵ですのに」
 ファイザはそう言って、そうだ、と手を叩いた。
「使っていない髪飾りがあります。あとでお持ちしますから、その髪に似合うものを選んでくださいね、あ、そうだわ。私のものではなく、宝石商に頼みましょう。すぐに呼びます」
「え、あ、いえ」
 エクが断ろうとすると、ファイザは大きな瞳を細めて、彼女の向かいにいるタミームを睨んだ。
「あなたも、このように美しい方へ服だけ用意するなんてひどいです。気が利かないって言われますよ」
 タミームは妻に責められ、ただ苦笑する。
「正直、金だけ渡しただけだ。悪かったな、エク。今後は一式そろえるように伝える」
 エクは恐縮して、首を横に振る。ファイザはとても社交的な性格なのか、エクがうまく会話を続けられなくても、色々なことを話してくれた。
「ファイザ、おまえが打ち解けれてくれてよかった。事務官達に口添えしてくれ。あいつらときたら、俺が父親の二の舞になると懸念している」
 ファイザはその懸念を一笑した。食事の後の甘い菓子まで食べ終わり、彼女はエクの手を取る。
「エク様、さっそく部屋へ行きましょう」
 離宮へ戻る道中、ファイザはエクが使用している離宮が、正妃と側室のいる離宮の次に上等なものなのだと教えてくれた。階段を上がり、寝室の隣の部屋へ通すと、ファイザが連れている使用人達も入ってくる。
「この中の造りも変えました。親善大使の方が快適に過ごせるように、と」
 ほほ笑んだファイザへ、エクも笑みを浮かべて返す。本当に身にあまる光栄だと言おうとしたら、彼女が先に口を開いた。
「それなのに、ここでまさか娼館まがいのことをするなんて、信じられないわ」
 エクが驚いて、「それは……」と弁明しようとした。
「ちがいます、あの、僕は、ここでそんなこと」
「ラビーブの店で軟膏を買ったそうね。何に使う軟膏かしら?」
 使用人の一人が、勝手に引き出しを漁り、エクが購入した軟膏を見つけ出す。
「ファイザ様」
 エクが名前を呼ぶと、彼女はエクの頬を平手打ちする。
「性奴隷の分際で、気安く私の名を呼ばないで。すぐに追い出してやるわ」
 大きな音を立てて、扉が閉まる。エクは広い空間に一人残された。陽の光も鮮やかな色の花も鳥のさえずりもある。蝋燭の炎に照らされた闇と影の世界ではない。エクは頬を滑る涙を拭い、椅子へ座る。この深い孤独を忘れるには、何かに没頭するしかなかった。

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