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 その様子に満足したタミームが、窓のほうへエクを誘導した。外敵の侵入を防ぐためか、窓は小さいものの、彼が指差した方向にある建物はよく見えた。
「いくつか離宮があるのだが、あそこは裏に湖もあって庭がきれいだ。親善大使にはあそこで寛いでもらう」
 エクは象牙色と淡い青色で統一された離宮を見た。美しい建物だ。庭も美しいに違いない。だが、自分にそんな大役が務まるはずがなかった。
「で、でも、僕、家に……」
 帰りたい、という自分の欲求を伝えたいのに、エクはその望みを言えなかった。水が飲みたい、と言った時、もう眠りたい、と言った時、ザファルはエクを徹底的になぶった。エクの体に残る傷痕を見れば、それが過酷なものだったと分かる。
 言いよどむエクの真意を、タミームは彼にとって都合のいいように解釈した。
「断りたい理由は分かる。だが、性奴隷だったおまえが、大使になれば、虐げられてきたほかの者達にとっても大きな希望になる」
 タミームは頷かないエクに乗り気ではないなら、ほかの候補が見つかるまででいいと提案する。
「まずは半分、おまえの両親へ送ろう」
 提示された額は、エクが一生かかっても稼げないほどの額だ。その半分を両親へ送ると言われて、エクの心は揺らいだ。都の、しかも皇帝から金が届いたら、両親は自分のことを立派だと思ってくれるだろう。
 外観の美しい離宮から視線を動かす。歩きやすく舗装されている道に、見覚えのある青年の姿を見つけた。決して釣り合うことなどない、イハブと自分だが、大使の任を果たせば、少しは胸を張れるかもしれない。
 奥へと進んでいくイハブの姿を目で追う。その様子をタミームも見ていたが、エクは気づかず、イハブの姿が見えなくなってから、タミームへ視線を戻した。
「受けてくれるか?」
「……はい」
 タミームはそっとエクの頬へ触れ、右手を握った。
「よかった。何となく、おまえとは気が合いそうだと思ったんだ」
 軽く抱き締めた後、彼はエクの瞳を凝視する。
「不思議な色だ」
 もう一度、抱き寄せられた時、扉を叩く音が響いた。タミームは慌てることなく、体を離し、少し冷めてしまった茶を飲んでから、入るように声をかけた。

 離宮は二階建てになっており、エクは二階の寝室から裏にある庭を眺めていた。すぐそばに大きなリンゴの木があり、手を伸ばせば届きそうだった。エクが実際に手を伸ばそうとしたら、扉が開き、男達が入ってくる。
 守衛とは異なり、執政に近い立場の男達は事務官と呼ばれていた。彼らの表情を見れば、エクが大使を務めることをよく思っていないということはすぐに分かる。タミームの発表に全員が反対だと声を上げたが、皇帝の命令に逆らえる者はいなかった。
 エクは立場をわきまえた人間だ。豪華な離宮で暮らせるからといって、傲慢になることはない。当面の仕事は都を紹介する書物を書くことだった。地理や気候から始まり、都独特の料理について書く。そのため、エクの食事は毎回凝ったものになる。
 食事の用意ができたと知らせにきた事務官達に連れられ、エクは隣の部屋に並べられた料理を目に映す。朝から皇帝が口にするものと変わらない、盛大な食事だ。エクは碗や皿に並ぶ料理を一口ずつ食べ、食べては感想を書いた。
 事務官達をはじめ、給仕達も冷淡な視線を送ってくる。エクは紙切れに同じ言葉を書き連ねた。
「昼はタミーム様、ファイザ様との食事会があります」
「はい」
 エクが頷き、返事をすると、一口ずつ口をつけただけの食事が下げられていく。まだここへ来て十日ほどしか経っていない。性奴隷だった頃と比べたら、天と地ほどの差がある。それなのに、エクは表しがたい孤独に陥っていた。その孤独を意識しないように、翻訳を頼まれている書物を読み始める。
 あいさつもなく扉が開き、守衛が入ってきた。エクはくちびるを結び、引き出しから軟膏を取り出す。初日の夜、何の準備もしていない状態で守衛達から襲われた。翌朝、血で汚れた寝台の布について、使用人から厳しく咎められ、エクは自分で軟膏を用意するようになった。
 当然だが、イハブのいる薬草店では買えるはずもなく、エクは別の薬草店で購入している。自ら裾を上げ、壁に手をつくと、守衛の男はエクの腰をつかんだ。

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