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 エクはタミームからの許可が出るまで頭を上げなかった。右肩、左肩、そして右肩へ触れられ、頭を上げる。タミーム様、と呼びとめたものの、エクは何と切り出していいのか分からなかった。
 相手は皇帝だ。下手な言葉で話しかけるわけにはいかない。それに加えて、エクは自分の望みを口にできる環境にはなかった。客の希望に頷くこと以外、選択肢がなかった。
「あ、あ……の」
 黒い瞳から逃げるようにして、下を向いた。故郷へ帰ります、という一言が出てこない。言いあぐねてしまうエクに、タミームは自らひざをついた。守衛が驚き、息をのんだが、彼は気にせず、エクの肩をつかむ。
「緊張しているのか? では、私の部屋で話そう。執政室へ飲み物を持ってきてくれ」
 タミームに立たされたエクは、守衛達からの視線を受け、断りの言葉を必死で考える。だが、失礼に当たらない言葉を考えて、それを口にする前に、二人は執政室まで到着していた。宮の数は知らないが、ずいぶん奥のほうまで来ている。
 部屋の中に入り、椅子をすすめられた。エクは礼を言い、椅子には座らず、タミームを見上げる。
「まずは名前だ」
「……エク、と申します」
「そうか。エク、先ほどの作法はどこで習った?」
 タミームが素晴らしい人間であることは、すぐに分かる。見た目の美しさだけではなく、誰とでも打ち解けやすい雰囲気で話しかけてくる。エクは小さく、「サルマ様です」とこたえた。すると、乳母の名前を聞いた彼は、かすかに目を見開き、すぐにほほ笑む。
「そうか。サルマの家にいたのか」
「はい」
 扉を叩く音の後、使用人が熱い茶を運んでくる。エクは二つ並ぶ茶を見て、自分がもてなされていることに気づき、急に居心地が悪くなった。
「大変だったな。では、この一年は、あそこにいたのか……」
 茶の中へ蜜をたっぷりと入れたタミームは、小さく息を吹きかけてから一口だけ飲んだ。一年、と聞いて、エクはザファルとあの宿屋の地下での生活を思い出す。無限に続くかと思えた地獄だった。終わってみたら、何ともないことだと、何度想像しただろう。だが、エクにとっては何ともないことではなかった。
「エク」
 名前を呼ばれて、エクはタミームへ意識を戻す。
「サルマのところにいたのなら、読み書きも習っただろう?」
 タミームを知る者が見れば、彼が何か思いついた表情をしていると指摘するに違いない。エクが頷くと、彼は顔を綻ばせた。
「ヴァーツの首長達と文化交流を目的とした親善大使の役目を作ろうと話していたところだ。おまえのように双方の言葉に長けている者が、この役目を務めてくれると助かる」
 親善大使という聞き慣れない役職名に、エクは困惑をあらわにする。そして、タミームを呼びとめた目的を思い出した。
「あ、あの、僕は、オストヴァルドに」
 故郷へ帰りたい、と両親と弟の待つ村の名を口にした。タミームが親しげに肩へ手をかける。
「東の出身か。首長は確か、イエッセンだったな……さっそく手紙を書こう」
「タミーム様!」
 思わず大きな声を出すと、タミームは何かに気づいたらしく、「私としたことが」とエクの肩にあった手を離した。蜜をすくい、まだ湯気の出ている茶へ入れた後、「茶もすすめず、悪かった」と碗を差し出してくる。
 エクは首を振り、礼を言ってから受け取った。飲まずに台へ置くのは失礼にあたるため、一口だけすする。

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