ゆらゆら番外編3 | ナノ





ゆらゆら番外編3

 孝巳の体をきれいにした後、一成は彼の顔にできた傷を消毒した。救急箱にはバンソウコウしかなかったが、ないよりましだと思い、それをはってやる。
「……いっせ」
 ふぞろいになってしまった髪をなでていると、孝巳が目を覚ました。目がうるみ、やがて涙があふれ、目尻から流れていく。彼は小さな子どものように泣き始めた。怖い、痛いのは嫌だ、と感情をあらわにする彼の手を握る。
 以前はおっとりとしていた孝巳だったが、幸喜の暴行と両親への不信感から、すっかり萎縮していた。自分だけが味方だと分からせてきたのがよかったのか、すがるような瞳でこちらを見つめてくる。
「孝巳、もう大丈夫。怖いことも痛いこともない」
 涙を拭いてやり、「どうして鍵を開けたんだ?」と続ける。孝巳はこれまで誰が来ても、扉を開けることはなかった。彼はかすかに首を横に振る。
「あの、人、勝手に、入って、きた」
 しゃっくりのように漏れる嗚咽の間から出た言葉に、一成はペットボトルを落としそうになる。だが、すぐに孝巳の上半身を起こしてやり、水を飲ませた。
「鍵を持ってたんだな?」
 頷く孝巳を軽く抱き締め、口元に当たる髪へキスをする。目を閉じて、わき上がる感情をこらえていると、孝巳が、「あの人、誰?」と尋ねてきた。
「明日から、誰もいないところへ行くって言っただろう? 今夜から行こう。準備はできてる」
 一成は孝巳の問いかけを無視して、彼の衣服を取り出す。
「ここはセキュリティーが甘いから、もっといいところへ引っ越す。さぁ、着替えよう」
 何か言いたいような表情の孝巳だったが、一成はそれを視線で黙らせた。押しの弱い彼は、一成の機嫌を損ねてまで強引に話を続けることはしない。昔の自分に似ていた。すべて与えられ、不自由なく暮らしていた。何かに違和感を覚えても、うまく言いくるめられ、それでいいのだと思わされた。
「孝巳」
 荷物を積み込み、孝巳を助手席へ誘導した。周囲を見渡すが、人影も停車している車もない。一成はアクセルを踏み、別荘のある隣県へ向かった。

 傷が痛むだろうと、車内で飲ませた鎮痛剤の効果か、孝巳は別荘に到着しても眠ったままだった。荷物より先に、彼を抱え、中へと入る。日本へ来てから一度しか使ったことのない別荘だった。
 一成はベッドルームへ入り、きれいに整えられたベッドへ孝巳を寝かせる。山のふもとに近いせいか、少し肌寒い。暖炉の火を入れようと思い、裏口から薪を取りに行く。外はかすかに雨が降り出し、朝もやが立ち込めていた。
 冷蔵庫の中には食材がそろえられており、一成は夕食も取っていないことに気づき、適当に野菜を取り出した。料理を作るようになったのも、こちらへ来てからだ。それまでは使用人が用意してくれた。
 多忙な両親に代わり、二つ歳上の兄の一仁(カズヒト)はいつもそばにいてくれた。仲のいい兄弟だと言われたが、その親密さの異常性について、両親は最後まで見て見ぬふりをした。
 野菜を手際よく切りながら、初めて父親へ打ち明けた日のことを思い出す。普通の兄弟ならしないことをしていると思い、悩みぬいた末に相談した。一成はフードプロセッサーの中へ野菜を入れて、スイッチを入れる。細かく刻まれる様を見て、小さく息をついた。
 一仁は昔からあらゆる面で抜きん出ていた。両親の信頼は篤く、一成の言葉は戯言として片づけられた。タマネギの香りに顔をゆがめる。目が燃えるように熱い。
 兄から求める行為を信じてもらえず、一人になった一成のそばに残ったのは、やはり彼だけだった。


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