ゆらゆら番外編4 | ナノ





ゆらゆら番外編4

 鍋の中でじっくりと煮込んだ鶏肉の味見をした後、一成は洗っておいた米を入れ、またしばらく煮込んだ。助けを求めたのに、裏切られ、それから十年もの間、望まない行為を強いられ続けた。
 鍋から聞こえてくるぐつぐつという音を聞き、一成はふたを開け、細かく刻まれた野菜も入れる。それから、トマトもたくさん切り、弱火にしてさらに煮込んだ。怒りや恨みを爆発させた後、一成の感情は消えてしまった。絶望して、兄の望むままになった。
 だが、二十五歳の時、日本でのパーティーへ参加し、まだ中学生だった孝巳を見つけた。自分と似た境遇の彼は、二人の兄からも愛されていた。一仁の愛情のような歪んだものではない。うらやましいと思う心を隠して、一成はいつか孝巳を手に入れたいと考えた。
「一成っ」
 叫び声を聞き、一成はすぐにベッドルームへ向かう。ベッドから下りて、部屋の隅に座り込んでいた孝巳は、周囲をうかがうように視線をめぐらせた。
「大丈夫だ。誰もいないところに来た。俺達しかいない」
 彼の前にひざをつき、そっと頬へ触れる。不安で怯えている瞳が、自分をとらえた瞬間、安堵の色に変わるのを見た。アザになっている場所を避けて、軽いキスをする。
「トマト……?」
 孝巳の言葉に、一成は頷き、彼を立たせてやった。
「リゾットを作った」
 暖炉のそばにあるソファへ座らせ、リゾットを入れた器を差し出す。息を吹きかけ、食べ始めたのを確認してから、キッチンへ飲み物を取りに戻った。カウンターへ放置していた携帯電話が不在着信を告げている。
 一成は父親からの連絡と知り、かけ直す。だが、すぐに留守番電話へ切り替わった。孝巳がせき込み、一成は慌てて、グラスを片手にリビングへ向かう。
「ここにいる?」
 一息ついた孝巳が、ソファにあったブランケットをつかむ。
「あぁ、少なくとも五日ほどはここにいる」
 うんうん、と頷いた彼は、甘えるように一成のひざへ頭を乗せて寝転んだ。
「もう、あの人も来ない?」
「……来ない」
 あらわになっている額へキスをすると、孝巳は目を閉じた。左手で髪をなでながら、窓から見える庭へ視線を移す。庭といっても、花はなく、ただ山道へ続くような森が見えるだけだ。
 この春から社会人になるはずの孝巳は、家族にまで見限られたと思い込み、すっかり自分の言いなりになった。先ほどの父親からの電話は、一仁が日本へ行ったという警告だろう。一仁の言い分だけを信じてしまった彼は、何が真実だったか知った時でさえ、彼を罰しなかった。
 そして、それをうしろめたいと思っているのか、日本へ行くと言った自分を止めることなく、茅野家の持つ資金と人脈で支援してくれる。一成が求めていたものはもっと他にあったが、一仁から距離を置けるなら、それだけでいいと妥協した。
 痛々しいアザを見た。普通に出会って、恋をして、愛したいと思った。もちろん、今、一成の中に存在する気持ちは、嘘偽りのない愛だ。孝巳を愛している。だが、孝巳からも同等のものを与えられているとは思わない。彼はただすべてなくした後、目の前にあった手をつかんだだけだ。
「孝巳」
 呼びかけると、孝巳は眠そうに目を開けた。
「愛してる」
 孝巳はただ、「うん」と言い、また目を閉じる。一仁が自分へしたように、揺り起こして、同じことを言えとは言わない。自分は兄とは違う。震える拳を握り締めて、一成は奥歯を噛み締めた。


番外編3 番外編5(続き/孝巳視点)

ゆらゆら top

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -