ひかりのあめ30 | ナノ





ひかりのあめ30

 俊治は右目の腫れがひくまでアルバイトを休んだ。アナルのほうは博人が軟膏を塗ってくれたため、右目よりも早く治った。一人で外に出ることに少しだけ恐怖を感じていたが、博人に励まされ、俊治は精神的にも回復していた。博人は何も言わないが、彼が何らかの形でオーナーに接触したことを俊治は知っていた。カフェのバイト仲間から、おまえが以前、バイトしていたところへ行ってみたら、なかったという話をされ、俊治は少し驚いていた。
 寝返ると、博人の端正な顔がすぐそばにある。俊治はそっと手を伸ばして、彼の頬に触れた。彼は目を閉じたままだったが、俊治の手を引いて、体を抱き込んでくる。彼は仕事のことは本当に何も話さない。朝は俊治より早く出て、定時の十八時に帰れることも少ないのに、最低でも週に三回は必ず料理を作ってくれた。
 俊治は博人の熱を感じながら、彼のために変わりたいと強く思った。部屋の片づけも、博人がするのを見て、自分も、と始めた。料理だっていつかはできるようになる。始めてみよう、二人でがんばろう、と言ってくれる博人の言葉に、俊治はいつも支えられている。博人の体に自らの体をすり寄せて、俊治は明後日に迫った彼の誕生日プレゼントは何がいいだろうと考えながら眠った。

 博人の誕生日は連休を取って、俊治は朝から買い出しに行った。カフェの皆にアドバイスをもらいながら、プレゼントは無難にネクタイを選んだ。それと、慎也から教えてもらったビターチョコレートケーキのレシピを見ながら、必要なものをかごに入れていく。
 料理はもちろん、ケーキも焼いたことがない俊治のために、慎也が遅番上がりの時だけカフェのキッチンを使って作り方を丁寧に教えてくれた。ほろ苦い甘さのケーキはウィスキーにぴったりだと俊治は思った。慎也が焼いてくれたケーキは見た目も味も抜群だったが、俊治の焼いたスポンジはふくらみもせず、焦げていた。どうせチョコレートを塗るのだから、と練習した通りに作ってみたが、完成したケーキはどう見ても失敗作だった。
 作り直す時間はなく、慎也からも失敗したとしても気持ちのものだから、と言われていたことを思い出し、俊治はリビングのテーブルへ並べた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 まだ日付が変わるまで数時間あったが、俊治はリビングまで入ってきた彼にネクタイのプレゼントを渡した。
「誕生日プレゼントです」
「ありがとう」
 博人が軽いキスをくれる。彼はすぐにプレゼントを開けて、中身を確認した。コートを脱いで、スーツに合わせるように新しいネクタイを当てる。趣味がいいね、と褒められて俊治は笑みをこぼした。それから、彼の視線がテーブルの上に置いてあるビターチョコレートケーキをとらえる。ケーキはスポンジの上にチョコレートソースをかけたような完全な失敗作だったが、博人はそれを見て、涙をあふれさせた。
「皆、ケーキなんて食べ飽きてるって思うんだろうね。誕生日にケーキを食べるの、初めてなんだ」
 その言葉に、俊治は博人が施設で育ったと言っていたことを思い出す。
「どんな豪華なプレゼントより嬉しい。ありがとう」
 博人に抱き潰されそうなほど強く抱き締められる。喜んでもらえて、俊治はとても嬉しかった。博人はさっそく、ケーキを食べて、俊治の口にもフォークの先を運んでくれる。見た目に反して、味はよかった。
「博人さん、俺、これからは家事も料理もちゃんとがんばります」
 返事のない博人に俊治はおかしいと思ったが、彼の熱を持ったペニスが腹に当たり、それが返事なのだと分かった。
「そんな可愛いこと言われたら、ベッドまで我慢できないよ」
 博人にソファへ押し倒された俊治は、彼の首へ腕を伸ばして抱きつく。キスは甘くて苦い。まるで、恋の味そのものだった。



【終】

29 番外編1

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