ひかりのあめ 番外編1 | ナノ





ひかりのあめ 番外編1

 俊治を初めて見かけたのは、バーから仕事を終えて出てきた彼が、黙々と目抜き通りを歩いている時だった。彼は足早に歩きながら、携帯電話をしきりに気にしていた。
 信号停止で停まっていた博人は、青に変わるまで、俊治が通りを歩いていく姿を目で追った。きれいな子だな、というのが第一印象だった。
 それからは博人の仕事が長引いて、日付を超える時間で帰る時、おそらく俊治のシフトが二十四時上がりの時だけ、ほんの数十秒間、彼を眺めることができた。時々、泣きそうな顔で歯を食いしばっている姿を目撃した。彼のことをもっと知りたいと思った。

 博人はパーキングエリアに車を駐車すると、朝七時から営業しているコーヒーショップでブラックコーヒーを注文し、エレベーターに乗って二十階にあるオフィスを目指した。だいたい朝は八時過ぎに自分のブースへ入っている。モニターの電源を押してメールチェックを始めながら、熱いコーヒーを一口飲んだ。
 すべてのメールに目を通し、スケジューラーを開いてミーティングの時間を確認する。投資案件でいくつか話し合わなければならないことがあった。一年半前に本社のあるニューヨークから戻ってから、博人のブースは半個室になった。実際には個室なのだが、仕切りが透明で外から中が丸見えのため、皆は半個室と呼んでいる。
「おはようございます」
 去年、入社してきた新人が元気よく入ってきた。博人は笑顔を見せる。法務部とコンプライアンス部は部署として分かれているものの、同じフロアで仕事をしており、博人の所属する法務部はさらにセールス部とバックオフィス部のような形で分かれていた。同じ部署でも皆、それぞれ得意とする分野やフォロー先が異なり、仕事半分、勉強半分といった感じで一日が進んでいく。
 博人のいる部署は、ほとんどが既婚者であり、すでに子どもに恵まれている家庭も多かった。いまだに独身でいることを周囲によくからかわれ、見合いや合コンをしろと言ってくる同僚もいたが、博人はすべて笑ってかわしている。もちろん、積極的にアピールしてくる女子社員もいるが、それらも気づかない振りをしてきた。
 本社から派遣されているアメリカ人の同僚達は、ヒロトはゲイかバイなのだろう、と臆することなく聞いてくる。
「……そうだよ」
 博人がそう答えると、彼らは時おり、ゲイバーへ行こうと誘ってきた。俊治を見かけたのは、ちょうどそんな頃だ。アメリカ研修前に別れた恋人とは帰ってきてから、一度も連絡を取っていない。まだ三十四歳なのに、金曜の夜を独りで過ごすなんて気が狂うだろう。彼らの言葉の通りかもしれないと思い、博人は気軽な関係を楽しんだ。

 施設で育った博人は人一倍、家族を持つことへの憧れが強かった。周囲にからかわれても、一人前に稼げるような仕事に就けば、自分の恋人に不自由な思いをさせることはない。そう思って、高校に入ってから必死に勉強して、大学は法学部へ進み、その後、アメリカの大学へ留学をして、経済学も学んだ。
 小さな挫折は何度もあった。そのたびに立ち直ってきたが、長く付き合った恋人と別れた後、博人は自分の中の純粋な部分が失われたことに気づいた。
 アメリカに留学する前から付き合い始めた恋人には、司法試験も支えてもらった。今の会社に就職も決まり、きっとこの人と一緒になる、一緒になりたいと考えていた。自分が夢見ていたことが現実になる。博人にとって多忙な仕事の中で、恋人と過ごす時間は何より大事なものだった。
 だが、恋人は周囲に博人が孤児であったこと、施設で育ったことを面白おかしく吹聴していた。有名外資系企業に就職した博人のことを、「やっとお釣りが出てきた」と表現していた。それを聞いた時、博人は信じたくない気持ちでいっぱいだったが、聞き慣れた恋人の声を間違えるはずがなかった。研修前に準備もあるだろうから、と法務部長から定時で帰宅してもいいと言われて、二人で暮らしていたマンションへ帰った時のことだった。

30 番外編2

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