ひかりのあめ29 | ナノ





ひかりのあめ29

「わ、わかれ、て、ください」
 俊治の言葉に博人が肩をつかんだ。
「何、言ってるの?」
「別れてください」
 はっきりと言葉にすると、博人が額を押さえた。熱があって、不可解な言動をしていると思っているらしい。俊治はその手を振り払う。
「やっぱり……オーナーのほうが好きなんです」
 俊治は言ってしまった後に、口を押さえた。透のことを話していたが、オーナーのことは話していないことを忘れていた。案の定、博人が怪訝そうにこちらを見ている。
「オーナーってカフェじゃなくて、バーのほうの?」
 仕方なく頷くと、博人が首を傾げる。
「整合性がまったくないよ。ちゃんと説明してくれる?」
 俊治は必死につじつまの合うストーリーを考えた。オーナーと肉体関係にあり、彼は透からも救ってくれようとして、すれ違ってしまったが、やっぱり彼を忘れられない。話をしている間中、博人は俊治の瞳を凝視した。
「俊治君」
 話し終わると、博人が優しく抱き締めてくれる。それから、彼はそっと触れるだけのキスをくれた。俊治は怒ると思っていたが、博人の反応は逆だった。
「ありがとう」
 手当ての続きをしよう、と促されて、意味が分からず、博人を見た。立ち上がるように言われて、立つと、博人の手がジーンズのボタンを外す。
「シャワーで流そう」
 俊治は身をすくませた。中に出されていることを知られている。博人は彼自身も服を脱ぎ、一緒にバスルームへ入る。温度を調節したシャワーで体をきれいに流され、傷ついたアナルの中へも慎重に指を入れて、中に残っているものをかき出してくれた。
 博人が風呂のふたを開けて、湯船に入る。
「おいで」
 俊治が湯船に腰を落とすと、中の湯があふれた。少し温まるだけ、と言われて、体を引き寄せられる。俊治は肩までつかる。博人が怒らない理由が分からず、今も目の前で笑みを浮かべている彼の真意を考えた。だが、分かるはずもなく、歪み始めた視界に目を閉じる。俊治君、と名前を呼ばれたが、もう目を開けていられなかった。

 冷たいタオルを右目に当てられて、俊治は左目を開ける。ベッドの端に座った博人がそっと頭をなでてくれた。
「大丈夫?」
 左手を伸ばして、博人の左ひざへ触れた。大きな手が握り返してくれる。俊治は安堵して目を閉じてから、風呂場でのぼせる前の出来事を思い出し、手を離そうとした。別れると宣言していおいて、今さら手を握ろうとするなんて、おかしいと思われる。
 だが、博人は手を離してはくれなかった。
「俺ね、彼と話したことあるよ。二人きりで」
 オーナーのことを言っているのだと分かった。
「ちょうど、ホテルで寝泊まりしてた頃、俊治君を誘惑するなって言われた。この傷も下のケガも彼がやったんだろう? 俺達の関係をばらして、俺が会社にいられないようにするとか、脅された?」
 答えられずにいると、博人の顔が近づき、俊治の頬にキスをする。
「ごめんね。彼がこんな行動に出るなんて思わなくて、結果的に俊治君を傷つけた。でも、もう心配しないで。俺のために、俊治君が苦しい思いをしなくていいから。一人より二人。俺達、まだ一緒にがんばれるよね?」
 左目が涙でにじむ。俊治は涙を拭って言った。
「でも、もし、博人さんが俺のせいで、仕事とか、色々迷惑なことになったら、俺、嫌だ」
 博人は優しく笑う。
「大丈夫。俊治君よりちょっと年上で人生経験も積んできた俺の勘だと、彼は何もできないよ。それに、偏見のない世界なんてない。だから、二人でがんばろう、ね?」
 俊治はまだ握られている手を強く握り返した。ちょっと年上、という言葉を強調した博人に、俊治は笑みを浮かべる。俊治が笑うと、彼はそれ以上の笑みを見せてくれた。自分の笑みが誰かを幸せにできるなんて、とても幸せなことだと思う。
「博人さん、俺、あなたの恋人でいていい?」
 スタンドライトの優しい光が二人を照らしている。
「これからもよろしく」
 博人のくちびるが俊治のくちびるに近づく。俊治は目を閉じて、彼のキスを受け入れた。

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