walou3 | ナノ





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 上等な服を着た男は、ここが診療所だと分かっているだろうに、葉巻へ火をつける。男の仲間である二人が、「ここにラウノってヴァイスが来ただろう?」とイハブへ話しかけてくる。イハブは頷かず、受付の男に視線を送り、黙っておくようにと促す。
「俺は見習いの身で、患者には会いませんから」
 踵を返した瞬間、背後で大きな物音がした。男達が暴れて、診療所内の道具や薬草の入った器を地面に叩きつける。
「おいっ」
 イハブが思わず声を荒げると、男達が、「ラウノー!」と叫んだ。
「今ならまだ耐えられる仕置きで済むぞー!」
 奥のベッドが設置してある部屋から、ラウノの泣き声が響いてくる。
「待て!」
 イハブは声の導くほうへ駆け出した男達を追う。彼らを追い越し、先に中へ入ると、ハキームがラウノをなだめるようにして、背中をなでていた。だが、ラウノの嗚咽はとまることなく、男達が無駄な抵抗だとばかりに入り口へ立った。
「この子は歩ける状態ではない。ここでしばらく安静が必要だ」
 ハキームはいつの間にか来ていた、上等な服を着た男へ向かって言った。彼の指にはこの周辺の五大氏族の一つ、アミッドの指輪があった。
「では、我が家で安静にさせよう」
 アミッドの男がそう言い、仲間の二人が泣き叫ぶラウノを強引にベッドから引きずり出した。興奮すると感情のまま走るイハブは、ラウノへの乱暴な扱いを見て、彼らの前に立つ。だが、言葉を発する前にハキームがいさめた。
「イハブ、下がっていなさい」
 師の命令は絶対だ。イハブは一歩下がり、恐怖から震えているラウノを見つめた。ヴァイスと話したことは数える程度で、それも薬草を買いに来る奴隷か、今日のラウノのようにケガを負い、診療所へ駆け込む奴隷のいずれかだった。だから、長話はしたことなどない。彼らがどんな思いで生きているか、イハブには想像して胸を痛める権利すらないと思えた。
「どのような者であっても、傷を負い、弱った者は、ここで治癒する。それがわしの仕事だ」
 アミッドの男はその言葉を鼻で笑った。
「ハキーム殿。あなたが医術を習得し、その腕は都一、マムーン皇帝も認めるものだと理解している。だが、これは私のものだ」
 子どもの曲論のような言い方だが、アミッドの男は正しい。奴隷は物であり、生殺与奪の権利は所有者に属する。彼がラウノを連れて帰ると言うなら、連れて帰っていい、というのが今の法だった。
 その法はマムーン皇帝が直々に決めた奴隷法だ。ハキームが素晴らしい医術で、どんなにケガを治し、多くの病から人々を救っても、皇帝でない限り、アミッドの行為をとめることはできない。
「来い」
 アミッドの男の前に引きずられたラウノは、顔を上げることもできず、うつむき、震えていた。その彼の髪をつかみ、腫れ上がっている顔を上げさせる。
「ラウノ、逃げ出したら、どうすると言ったか、覚えているか?」
 ラウノは大粒の涙を流し、顔を横に振る。謝罪の言葉を繰り返し、その場へ座り込んだ。
「自分で言え。言えたら、この優しい医者から痛み止めを買って、おまえに与えてやろう」
 吐き気を覚えるような経験は、今まで何度もあった。この都の人々は、イハブを受け入れてくれた。朝、市場へ顔を出せば、皆、声をかけてくれる。奴隷を、ことさらヴァイスを所有し、痛めつけ、愉悦を覚えているのは、一部の大氏族達と彼らに取り入りたい氏族達だけだ。
 イハブは泣きじゃくっているラウノへ近づこうとした。それを制したのはハキームだった。彼はかすかに首を横に振る。
 足を切ってください、と細く消えそうな声が耳に入り、イハブの怒りは心臓まで達した。だが、それでも、手出しすることは許されない。

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