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 診療所へ回ると、ヴァイスが扉の近くに倒れ込んでいた。イハブが近づくより先に、ハキームが彼に手を貸す。
「どうしたんだ?」
 ハキームが優しく声をかけながら、ヴァイスの顎へ触れ、顔を上げさせる。青白い頬には殴打された痕があった。腫れたまぶたのせいで、左目は見えないが、涙を流す右目は透き通るような青色だ。すらりと伸びた手足には、顔面よりも激しく殴打された痕があり、イハブは指示を待たず、消毒に使用する薬草の入ったつぼを手にした。
「痛いだろう。ほら、体を楽にしなさい」
 イハブはハキームとは反対側に立ち、診療台の上に乗ろうとするヴァイスを手伝う。じっとしていても汗ばむ陽気だが、彼は震えていた。清潔な布を冷水へ浸し、イハブは彼の額から傷口をきれいにしていく。
「熱が高いな……切創、裂傷、擦過傷、あぁ、左脇腹に熱傷と」
 ハキームの視線を追ったイハブは、息苦しそうなヴァイスの呼吸を聞きながら、言葉を発する。
「右足首は骨折してます」
「そうだな。少し痛みを和らげる薬を与えよう。それから、治療だ」
「はい」
 ハキームを師として医術を学び始めてから、まだ三年と経っていないが、イハブは語学だけではなく、薬草学にも明るい。飲み込みが早く、手先も器用だ。ハキーム以外の自由医師のところで学ぶ弟子達より秀でている。街で彼らに会うと、妬みから面倒なことになるため、イハブはいつも目立たないように生活していた。
 もっとも妬みの原因は、イハブ自身ではなく、イハブをそばに置くまで、弟子を取らなかったハキームや、彼の美しい娘達の存在もあるだろう。
 ハキームが右足首の骨折を診ている間に、イハブは淡々と創傷を洗い、消毒し、薬草を当て、包帯を巻いた。まだ震えている彼へ少し分厚い布をかけてやる。
「いつ骨が折れた?」
 ヴァイスである彼に分かりやすいよう、ハキームは簡単な単語でゆっくりと話しかける。彼は小さな声で、「五日くらい前です」と答える。
「冷水を」
 イハブは頷き、診療所から家へ続く道を急いだ。女達がいる台所の裏側、比較的涼しい場所に、土の中へ埋めた冷水がある。動物の胃袋で作った袋の中には、イハブが三回も蒸留し、清潔にした水が入っていた。
 桶に水を入れ、乾いている布をそこへ浸す。そのまま彼の右足首を覆うと、彼は長い息を吐いた。
「添木で固定して、二週間ほど様子を見よう。君、名前は?」
 ヴァイスは涙を拭いながら、「ラウノ」と名乗った。
「ラウノ、帰る場所はあるかな?」
 途端にラウノは激しく首を横に振り、泣き叫ぶ。ハキームは肩を抱き、彼を落ち着かせた。
「すまない。帰る場所というのは、君が眠る場所という意味だ。もし、ないなら、診療所のベッドが空いてる。君は運がいいぞ。今日は二つとも空いてるから、好きなほうで眠れる」
 ハキームはすでに五十歳は過ぎているものの、彼一人で抱えられるほど、ラウノは軽いようだ。柔らかな黄色い布で仕切られた奥の場所へ、ハキームはラウノとともに消えた。イハブはかすかに笑みを浮かべ、使用済の布や薬草を片づけていく。
「あー、まただ。まったく、ヴァイスを助けても、一銭も入ってこないのに」
 手伝いの男は、受付をしている扉付近の場所で椅子に腰かけて、溜息をついた。
「おまえへの給金が遅れたことはないだろ」
 給金を払うのはイハブではないが、金にうるさい彼へそう言うと、彼は腕を組み、難しい表情を見せる。
「そうだけどな……ハキームは本当に立派だし、俺だって尊敬してるさ。だけど、よく思わない連中もいるんだぜ? 特にヴァイスをほかの奴隷より劣ると考えている連中は……」
 彼の話が途中になったのは、三人の男達が診療所の中へ入ってきたからだ。
「こんにちは。おケガでもしましたか?」
 彼は軽く言い、すぐに、「って、俺がケガさせられそうな雰囲気」とこちらへ顔を向け、小声で伝えてきた。

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