ひかりのあめ28 | ナノ





ひかりのあめ28

 薄暗がりの道を俊治は自転車を押しながら歩いた。右目が完全に腫れ上がっているのは、熱で分かる。
 歩くたびに感じていたアナルの小さな痛みは、しだいに継続する突き刺さるような痛みに変わっていた。
 こんな姿で博人には会えない。俊治は力なく自転車を押し、どこへ向かえばいいのか分からないまま、足を進めていた。
 ポケットの中で携帯電話が震える。日曜だったが、博人は休日出勤をしていた。おそらくもう家に帰っていて、先に帰宅しているはずの自分がいないから、メールか電話をくれているんだろう。だが、俊治は携帯電話を触る気になれず、バイブレーションを無視して歩き続けた。
 意識的に知っている道を避けて、ファミリーレストランを見つけた俊治は、自転車を停めて中へ入った。右目の周囲がひどいことになっているのか、他の客からの視線が痛い。
 俊治は端のほうへ座り、ラザニアとごはんのセットを注文した。脱いで丸めているダウンジャケットのポケットから携帯電話を取り出す。
 メールが二通と着信が一回あった。すべて博人からだ。先に並んだサラダを口に運びながら、俊治はメールを読んだ。今日は早上がりではないのか、という内容と、もしどこかに寄っているなら連絡だけ入れて欲しいというものだった。
 今、帰らなくても、今夜限りどこかへ泊まっても、明後日はバイトが入っており、カフェへ行かなければならない。カフェへ行けば、当然、博人が待っているだろう。俊治は溜息をついた。事がこじれる前にちゃんと説明しなくてはいけない。
 返信を打とうと携帯電話を開くと、ちょうど博人から着信が入った。
「もしもし?」
「俊治君? どこにいるの?」
 黙っていると、博人が心配そうな声で聞く。
「どうしたの? 何かあった?」
 俊治はテーブルの端に置かれたアンケートハガキの裏面を見た。店の名前と店舗名が押印されている。それを読み上げて、迎えにきて欲しいと言うと、少しの間の後、すぐに行くと言われた。電話を切った後、俊治は目の前に置かれたラザニアを一口だけ食べた。切れている口内にしみる。痛くて視界がぼやけた。

 半分だけ食べて、会計を済ませた後、俊治は外に出て駐輪場の横にある花壇の縁に腰を下ろした。見慣れた外車が入口から入ってくる。博人は一度だけハンドルを切って、車を駐車場へおさめると、花壇にいた俊治の元へ駆けてきた。
「俊治君……」
 看板とレストランのロゴを照らす照明は明るい。俊治の顔を見た博人は歩みを止めた。俊治はうつむいて、涙を拭う。
「ご……ごめんなさい」
 どんな形であれ、博人という恋人がいながら、体を奪われたことに対する謝罪と、やはり自分といては彼をおとしめてしまうことへの罪悪感でいっぱいだった。博人は俊治の自転車を抱えると、左腕で俊治の肩を抱いた。
「泣かないで」
 肩を抱かれて、車まで進み、助手席へ乗せられる。博人は車が汚れることもいとわず、俊治の自転車を後部座席へ積んだ。
「病院へ行こう」
 車を発進させた博人が前を見ながら言った。俊治は首を横に振る。
「右目、だいぶ腫れてるよ。きちんと見てもらわないと」
「嫌です。い、嫌、やだ……」
 どこにも行きたくなかった。わがままだと分かっていても、俊治は泣きながら、拒否する言葉しか吐けなかった。ハンドブレーキを上げる音の後、博人が車を出る。彼は助手席のドアを開け、俊治を抱えた。
 部屋の中へ入り、ソファに座らせてくれた博人は、救急箱を持ってひざをつく。ダウンジャケットを脱いで、と言われて、俊治はまだ嗚咽を漏らしながら、上着を脱いだ。
「もし、明日になっても痛みが消えないようなら、ちゃんと病院へ行って、診てもらおう?」
 頷くと、ガーゼに染み込ませた消毒液を傷へ当てられる。
 博人が顔の手当てをしてくれる間、俊治は傷の原因のことを考えて震えていた。小刻みに震える拳を、博人が両手で包んでくれる。
「大丈夫」
 優しい黒色の瞳がまっすぐに俊治を見上げていた。
「何があったのか、聞かせて?」
 博人の指が濡れた頬に光る涙を拭ってくれる。
「……か、からだ、汚いから、ふれ、ないで」
 また涙があふれた。陰湿な言葉が頭の中で繰り返される。それは次々に聞こえてきて、やがて、オーナーの脅迫の言葉へと変わり、最後に嫉妬深いと言った博人の言葉になった。

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