ひかりのあめ21 | ナノ





ひかりのあめ21

 優しい指先が何度も髪をすくのを鏡の中で確認しながら、俊治は疑問を口にした。
「博人さんは俺のどこがいいと思うんですか?」
 ドライヤーの音はうるさくはなかったが、俊治は少し大きい声を出した。ドライヤーを止めた博人が、髪をセットしてくれる。
「そうだなぁ。まだ知り合って間もないけど、俊治君の控えめな態度とか遠慮がちなところとか、聞き上手なところも好きだよ。ごはんをおいしそうに食べるところもいいなって思う」
 博人が鏡の中の自分と目を合わせた。実際に言われると恥ずかしい。赤くなっているのが、自分でも分かった。
「恋人になって欲しいけど、無理強いはしたくないから、とりあえず一緒に住もうっていうのが昨日の提案」
 お昼、行こうか? と促されて、俊治は博人とともに部屋を出る。土曜のせいか、レストランは少し混んでいた。パスタとサラダを食べ終わり、部屋へと戻る。
 俊治はホテルを利用した経験はなかったが、チェックアウトの時間は過ぎているため、博人はもう一泊する気なのかと考えた。
 リビングのテーブルの上に書類を広げた博人は、俊治のことを呼んだ。仕事の書類かと思っていたが、テーブルに広げられたのは間取りが描かれた住宅情報だった。
「市内の物件にしたから、どこか気に入ったのあったら教えて」
「市内って……」
「もう戻りたくないって言ってたから、この市内で探してみたんだ」
「え、でも、あのマンションは?」
 博人は椅子に座ると、いくつかの物件に目を通す。
「あそこは売ってもいい」
 言葉が返せない俊治に、博人が笑う。
「もともと引っ越してもいいって思ってたからね」
 俊治は首を横に振った。
「俺、そこまでしてもらう理由もない……何もできない」
 博人と自分ではやはり住んでいる世界が違う。恋人どころか、友人にもなることはできない。
「何かして欲しいわけじゃない」
 立ち尽くしている俊治を見て、博人が立ち上がり、乱暴に腕を引いた。勢いよく引っ張られて、寝室のベッドに押し倒される。押さえつけられても、俊治は抵抗しなかった。博人が求めるのは当然だと思った。それくらい、彼は自分に優しくしてくれた。むしろ、自分の体程度で恩が返せるなら、と考えた。
 博人は俊治の腕を押さえつけていたが、しばらくすると、溜息をついて解放してくれた。
「何で抵抗しないかな……」
 博人がそう独白したので、俊治は素直に答えた。
「抵抗なんかしません。俺にできることって、それくらいしかないから。博人さんにはいっぱいお世話になってるし、俺、恋人じゃなくて」
 続きを言えなかったのは、博人が頬にキスをしたからだ。親が子どもにするような、肌の上をかすめるキスの後、博人の手が頭をなでた。
「まだ話してないことあるよね? どうして、透にお金を渡し続けるのか? ただいじめを止めてくれただけじゃ、そこまで献身的になれない。俊治君、俺にまだ言ってないことがあるだろ?」
 博人の言う通り、俊治は母親のことや、家のことは話していなかった。透が連れてきた男達のことも、オーナーのことも話していない。
「でも、言わなくていい」
「どうしてですか?」
 俊治の声はかすれていた。
「そういうことは話したくなった時に話すものだから。ところで、今日は休みなんだよね? 明日は?」
 俊治の左側へ寝転んだ博人からの問いに、俊治は嘘をついた。
「しばらく休むことになってるんです」
「そう」
 疲れているのか、博人は左手を額に当て、目を閉じている。
「食べてすぐ寝たら、太るだろうな」
 博人は小さく笑ったが、すぐに寝息が聞こえてきた。俊治は端に寄っていたかけ布団を引き寄せて、彼にかける。開いた扉から、テーブル上にある住宅情報が見えた。

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