ひかりのあめ19 | ナノ





ひかりのあめ19

 博人が電話をかけていたのはホテルだった。緩いスロープになっている正面出入口へ車が入ると、中からタイミングよく黒服を来た男性が出てくる。ドアマンがすぐに右側へ回り、俊治が出られるように、ドアを開けてくれた。
「浅井様、お久しぶりです」
 黒服の男はきれいにお辞儀をして、博人から車の鍵を受け取った。ギリシャの神殿をモチーフにしたホテルは、ハードなハザードだが、下品すぎない。博人のうしろを追いかけるように中へ入ると、美しい花々と噴水が見えた。
 俊治も名前だけは聞いたことがあるホテルだが、実際に中へ入ったのは初めてで、博人がいなければおそらく縁がない場所だった。
 ロビーには遅い時間だったが、外国人客が何人かと、ホテル内のレストランやバーで食事や酒を楽しんだと思われる客が数人いた。博人がレセプションへ行き、ルームキーを受け取る。
 俊治は虹色に変化していく噴水を眺めていた。眠気が一気に吹き飛ぶほど、驚いていた。落ち着いて話せる場所というのは、レストランを想像していた。
「俊治君」
 博人に呼ばれて、エレベーターホールへ向かう。突きあたりに鏡があり、俊治は自分の格好に苦笑いした。ジーンズとよれたシャツ、そして、薄汚れたパーカーを着ている。髪もぼさぼさで、顔は腫れていた。
「救急箱を持ってくるように伝えてあるから」
 ケガの様子を見ているのだと勘違いした博人がそう言った。エレベーターに乗り込むと、彼の指先が最上階のボタンを押す。
「え?」
「どうしたの?」
 思わず声が漏れた。何でもない、と首を振りながら、博人の暮らしているマンションのことを考えれば、ホテルの最上階に泊まることくらい簡単だと思えた。これが彼にとって普通のことなのだ。
 そう思うと、本当に自分達には何の共通点もないと思えた。それなのに、博人は恋人になって、と言った。あまりにもひどい顔をしているから、冗談でも言って笑わせようと思ったのかもしれない。
 エレベーターが最上階に着いた。博人が先に降りて、歩いていく。最上階は二部屋のインペリアルスイートルームからなっていた。右の扉の前でルームキーを通すと、扉が開いた。
「どうぞ」
 扉を開けた博人は、俊治を先に中へ入れてくれる。まっすぐ奥へと続くその先に夜景が広がっていた。俊治は一瞬、自分がどこに来たのか忘れて、リビングの大きな窓まで歩いていく。皮張りのソファの前にはコーヒーテーブルが置かれ、ソファに座るとまるで夜空に浮いているような感覚を覚えた。俊治はすっかり博人のことを忘れて、目の前に広がる夜景の星の海を見つめる。
 隣に腰を下ろした博人が救急箱をテーブルへ置いた。俊治が夜景を見ることに専念している間に、救急箱が届けられたようだ。
「今、飲み物と軽食を頼んであるからね。サンドイッチくらいなら、食べられる?」
 俊治が頷くと、博人は安心したような表情を見せた。彼はガーゼに消毒液を染み込ませて、俊治の傷に当てる。
「明日にはきっと、腫れはひくよ。体は何ともない?」
 アナルから出血していたが、俊治は強く頷いた。
「今日は疲れてるだろうから、サンドイッチ食べたら、もう寝ようか? 明日、仕事?」
「博人さん……」
「何?」
 博人のような人間が、自分を本気で好きになるはずがないと思った。彼にはもっとちゃんとした、釣り合う人がいる。恋人になって、という言葉はおそらく彼の暇つぶしに付き合う程度と考えるほうが正しい。
 現実を見ろと叫ぶ自分と、夢を見ていたいと思う自分がいる。博人は自分を傷つけることはしないと信じている。その一方で、暇つぶしにも金をかけられるほど、彼は何でも持っているだろうと罵る自分がいる。

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