ひかりのあめ18 | ナノ





ひかりのあめ18

「あの、俺、行きます」
 なるべく元気そうに見せようと、勢いよく背中を向けて一歩踏み出す。紙袋を握っている右手を、博人が握る。
「待って。大丈夫?」
 博人がうかがうように聞いてくる。俊治は振り返らずに返事だけした。
「はい。急いでるんで、また」
 そう言っても、博人の手が俊治を離すことはなかった。
「ごめん、嫌かもしれないけど、顔、見せて」
 引き寄せられて、博人の胸におさまると、彼はそっと俊治のあごへ触れた。必然的に顔を上げなければならない。
「何があったの?」
 博人は動揺を見せずに、俊治の切れているくちびるの端へ触れた。こんな時でも余裕を見せる彼に、俊治は救われる気がした。
「何でも……」
「透に殴られたの?」
 俊治が呆気に取られていると、博人は苦笑した。
「友達なんて設定、すぐばれちゃうよ? どうしてすぐに電話しなかったの?」
 あれは俊治君にあげた名刺なのに。
 博人はそう言って、そっと抱き締めてくれた。強すぎも弱すぎもしない、その抱き締め方は、とても上手な距離の取り方のように思える。
「博人さん」
 このままだと頼ってしまいそうで怖かった。また何度も同じことを繰り返すのは、馬鹿だと思った。
「俺、困ってないです。もうちゃんと全部、片づけました」
 博人の胸を腕で押して、俊治は居心地のいい場所を捨てようとする。
「そっか。じゃあ」
 離してくれると思った腕が絡む。
「俺の恋人になって?」
 博人は形のいいくちびるから、俊治にとっては信じられない言葉を吐いた。
「すぐにじゃなくていい。とりあえず一緒に住んでくれないかな?」
 俊治は返す言葉も思いつかず、ただ博人を見つめた。いつものように彼はほほ笑んでこちらを見ている。自分はまだベンチで寝ていて、これは夢なんじゃないかと思い、そっとくちびるの端へ触れた。
「っう」
 痛みに顔をしかめると、博人の手が指をつかむ。
「手当てしよう。乗って」
 博人が他の車からかばうようにして、俊治を停車している車へ促す。俊治は足を進めながら、ドアの前でルーフ部分に手をつく。
 また流されている。そう思って、手を突っ張った。
「俺、乗りません」
 博人が怒ることなく、笑みを浮かべたまま、どうして? と聞いてくる。
「戻りたくないんです。それに、いつも博人さんに甘えてばかりで、これ以上、何かしてもらうわけにはいきません」
 何台か車が通り過ぎた後、博人は小さく溜息をついた。
「俺の言葉、ちゃんと聞いてた? まぁ……こんな場所じゃ、ちゃんと話せないから、移動しよう。戻りたくないなら、別の場所、用意するから」
 博人はドアを開けて、俊治へ中に入るよう促す。
「お願いだから、乗って。ここは車も多くて危ない」
 助手席に乗り込むと、博人は車を出す前に携帯電話を取り出して、どこかへかけ始めた。
「高宮? 俺。今からそっちに行くから、空いてる部屋で、あぁ、それでいい」
 電話を終えた博人は、左折を繰り返して、市内から隣の市へと入る。俊治はずっと無言のまま、外の景色を眺めた。
 ずっと歩いていた体は、俊治が思う以上に疲弊しているのか、静かな走行と揺れに、だんだん眠気がくる。
 眠気と戦っていると、信号待ちの時に博人が右手を伸ばしてきた。そっと髪へ触れた手は、軽く頭をなでていく。
 寝てしまっても、博人が何かするなんて考えられない。俊治は彼を信頼していた。それでも、完全な眠りに落ちることなく、目を閉じるだけで我慢していると、着いたよ、と博人の温かい声が聞こえた。

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