ひかりのあめ17 | ナノ





ひかりのあめ17

 俊治はタワーマンションを見ながら、最上階に住んでいる博人のことを考える。別世界の人間なのに、彼は俊治にも気軽に接してくれた。彼の持つ余裕さは、ゆとりとなってにじみ出ていて、気づかいや心づくしの手料理は俊治を癒してくれた。
 おそらく相手に不便はしていないだろうが、博人は何かしたからといって、俊治から何かを求めるわけでもなく、いつもほほ笑んでこちらを見ていた。下心があっても構わないとさえ思っている自分が卑しいと思えるほど、彼はそんなにおいすら感じさせなかった。
 昼に近い時間、俊治は一度立ち止まって、その場にしゃがみ込んだ。足も痛いが、アナルにも痛みを感じていた。額を流れていく嫌な汗を薄手のパーカーの袖で拭い、俊治は立ち上がる。五百メートルほど先に公園が見えて、とりあえず、そこで休憩しようと足を前に出した。

 公園の中にあった公衆トイレの手洗い場で、水を飲んでから、俊治は端のほうにあったベンチへ寝転んだ。遠くで遊んでいる子ども達の声が聞こえる。秋の快晴を見上げながら、俊治は紙袋から電源を落とした状態の携帯電話を取り出す。
 電源を入れたら、何となく透へ連絡してしまいそうな気がした。恋心を断ち切ることで、透とも縁を切り、新しい生活を始めようと決意した。今朝のことなのに、俊治はもう電源を入れたいと思っている自分に気づき、携帯電話を胸の上に置く。もしかしたら、オーナーはひどいことをした、と後悔しているかもしれない。透もやり過ぎたと反省しているかもしれない。
 都合のいい想像をしながら、俊治は吸い込まれるような青い空を見ていた。しだいにまぶたが重くなる。うとうとしながら、眠りに落ちる瞬間、子ども達の笑い声にまた目を開いた。こんなところで寝たら、風邪をひいてしまう。俊治は何とか立ち上がると、また線路沿いの道へ戻った。
 行くあてはなかったが、とにかく市内から出ようと思っていた。この路線をずっとたどって行けば、隣の市に行ける。俊治の歩くスピードは落ちていったが、日が落ちても歩みを止めることはなかった。駅のホームが見えると、俊治は駅名を確認して、あとどれくらいで隣の市に入るか計算した。隣の市に着いたら、コンビニで今日の分のパンを買おうと考えた。だから、歩け、と自分の足に命令する。
 線路内へ立ち入らないようにと施されているフェンスに左手を引っかけた俊治は、そのままそこへ座りこんだ。ちょうど、市内最後の駅を過ぎたばかりで、駅前の通りにあたるその場所は車の往来も多い。俊治はフェンスにしがみついて立ち上がった。
 右折してきた車のライトに、紙袋を持った右手で顔を隠す。俊治は車が通り過ぎてから、また一歩踏み出した。大きなブレーキ音に驚いて、振り返ると、車がバックしてきた。よく見ると、見覚えのある色と車種だ。
「……博人さん」
 ウィンドウが下りる前に俊治は運転している人の名前を口にした。
「俊治君?」
 左にある運転席から右へ身を乗り出した博人は、驚きながら、こちらを見た。
「こんなところで何してるの?」
 俊治が迷っていると、対向車が来た。博人は少し左へ寄せて、ハザードランプをつけた後、車から降りてくる。俊治は顔を見られないようにうつむいた。
「どこかに行くの?」
 紙袋へ視線をやった博人が尋ねる。俊治は頷いた。不自然だと思われている。ほんの二日前に体調不良で早退した人間が、家から遠く離れた駅前を紙袋一つでうろうろしているのだ。変に思わないほうがおかしい。俊治はうつむいたまま、考え出した嘘を言った。
「友達のところへ遊びにいくんです」
「え、何て?」
 うつむいたまま話したために、博人へは聞こえなかったようだ。彼はしゃがむようにして、俊治の顔をのぞきこんでくる。俊治はますますうつむいた。

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