ひかりのあめ16 | ナノ





ひかりのあめ16

 一睡もできないままシフトに入る時間になり、俊治はシャワーだけ浴びると、部屋を出た。今日は十六時入りだった。裏口から入ろうとすると、店長が中から出てくる。
「俊治……」
 店長は困惑顔を見せた。オーナーに殴られた顔は腫れていたが、店長の動揺は自分の顔を見て生じたものではない。嫌な予感がして、俊治は店長が言葉にするより早く、自分で口にした。
「クビですか?」
 店長はためらっていたが、俊治は反応がないことを肯定と取った。だが、分かりました、とは言えない。働く場所がなければ、給料がもらえない。給料がもらえなければ、家賃が払えない。
「困ります。俺、働かないと、お金、稼がないと」
 言い募ろうとすると、店長は何度も頷いた。
「分かってる。でも、俺もしょせん雇われ店長だから。ごめんな。とにかく、とりあえず、荷物があるなら、それ持って、俺の家にいていいから」
 仕事の話をしているのに、家の話を出してきた店長に、俊治はジーンズのポケットをまさぐる。部屋の鍵の感触に、それを引っ張りだした。
「あのアパートじたい、オーナーの親戚が所有してるものだから。今日は荷物まとめて、とりあえず俺の部屋に来い、な?」
 体の痛みも心の痛みも耐えられないものではなかった。だが、オーナーも皆と同じように見えないもので傷をつけてくる。俊治は振りきるように店長へ背中を向けて、路地を走った。
 部屋の前まで戻ると、ちょうど管理人が扉の前に立っていた。
「あ、守崎さん。明日、業者呼んであるから、ある程度のゴミは片づけてくださいよ。収集日にそこへ出しておくだけなのに、ずいぶんとずぼらですね。ちゃんと、まとめてくださいね」
 管理人を呼び止めようすると、携帯電話が鳴り始める。俊治は混乱しながら、電話に出た。オーナーだった。
「おまえ、今、何もないだろう? 俺の家に来いよ」
 目が熱くなり、涙が頬をつたう。俊治は耳に当てた電話を切ると、そのまま両ひざをついて、その場で泣いた。いったい、自分のしていることは何だというのだろう。透には感謝している。オーナーにだって感謝している。だからといって、彼らの望むままにしないといけないわけではない。
 だが、金を渡すことも、言われるままに体を差し出すことも、すべて自分が招いたことだ。誰のせいでもない。俊治は泣きながら、立ち上がり、部屋の中へ入った。ゴミ袋と衣服を分けながら、ずっと泣き続けた。この部屋を出るのはいいことかもしれないと思う。じゅうたんの上の嫌な思い出以上に、差し入れを持ってきてくれたオーナーのことを思い出すと、涙が止まらなかった。

 明け方頃、俊治はまだ着れそうな衣服を通帳や保険証と一緒に紙袋へ入れて、部屋を出た。まだ寝ているだろうと思ったが、部屋を出てから、透へ連絡してみる。
「もしもし?」
 アルコールの入った声で電話口に出てきた透に、俊治は一呼吸置いてから伝えた。
「透、高校の時、ありがとう。俺、透のこと好きだったよ」
 俊治はすぐに電話を切る。言い逃げみたいで卑怯に思えたが、決別するにはそれ以上つないでいるわけにはいかなかった。俊治はオーナーの番号へも発信する。
「……来る気になったか?」
 俊治は一度立ち止まる。
「オーナー、雇ってくれて、部屋まで用意してくれてありがとうございました。俺、オーナーのこと尊敬してます。でも、オーナーのものにはなれません。ごめんなさい」
「しゅっ」
 電源を落として、俊治は紙袋の中へ携帯電話を入れた。財布の中には千円札が一枚ある。給料日まではまだ五日あるが、この街からできるだけ離れて、一日一食でしのげば、何とかなるだろうと考えていた。
 街のシンボルのような存在のタワーマンションを左手に見ながら、俊治は線路沿いに歩いていく。財布の中には博人がくれた名刺が入っていた。

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