ひかりのあめ14 | ナノ





ひかりのあめ14

 博人は相変わらず水曜の夜にバーへやって来た。そして、日曜の日付が変わった頃、最初にそうしたようにパッシングをして、早番上がりの俊治をつかまえた。俊治は毎回断ろうと思つつ、週一回の博人の食事を楽しみにしていた。彼は料理だけではなく、色々な話をしてくれる。学生時代のことや、留学中の話、仕事でアメリカに行った時の話もあった。
 俊治がまったく知らない世界を、博人はおもしろおかしく話してくれた。日曜の夜から月曜の昼までが、俊治にとって癒しの時間になった。博人はおいしい酒と食べ物と話を提供してくれる。俊治にとって、彼との時間はいつの間にか待ち遠しいものに変化していった。

「今日は何だか体調が悪そうに見える」
 カウンター席の真ん中に座った博人が、ロックグラスを手に持ったまま言った。俊治はほほ笑む。昨日は催淫剤のような薬を使われなかったが、透は三人も連れてきた。乗り気ではない時に、感情の伴わないセックスをするのはしんどい。俊治は三人が満足するまで体を差し出した。本当は立っていることも辛いが、何度も休んでは店に迷惑がかかる。
「ちょっと疲れが出てるだけです」
「シュンちゃーん!」
 俊治はテーブル席から聞こえた声に、カウンターを出る。注文を受けて、伝票にそれを書いていると、ふっと意識が遠のく。とっさにテーブルへ手をついたが、それだけでは自分の体を支えきれずに倒れた。
「俊治君!」
 博人に支えられて、立ち上がったが、めまいはまだ続いていた。
「大丈夫か?」
 奥からオーナーが出てくる。
「すみません。奥で休ませます」
 俊治はオーナーに連れられて、ロッカールームへ入った。オーナーは丸椅子に俊治を座らせてくれる。
「すみません」
 俊治はそのままテーブルへ突っ伏して、目を閉じた。
「今日の遅番は……礼か。礼が来るまで俺が入るから、おまえはもう帰れ」
「大丈夫です。ちょっと立ちくらみがしただけです。俺、平気です」
 オーナーは少し怒ったような表情で、俊治の手首をつかんだ。
「俺の言った言葉の意味、ちゃんと分かってんのか? まだ切れてないんだろう? 立ちくらみするほど、何されたんだ? こんな細くなって、金はどうしてるんだ?」
 俊治がうつむくと、オーナーは丸椅子を蹴り上げた。大きな音がロッカールームの中に響く。
「とにかく、今日はもう帰れ」
 俊治はオーナーが荒々しくドアを閉めた後、声を殺して泣いた。このままだと、またオーナーを巻き込んでしまう。博人にも友達のことだと言って話しているが、いつか彼も巻き込んでしまうのではないかと考えると、俊治は怖くなった。
 制服を脱いで、着替えを済ませた俊治は、裏口から外へ出て、携帯電話をいじった。アドレス帳から透の名前を出してきて、発信ボタンを押す。家へ帰るまでの間、俊治は何度も透へ発信した。
「うるさいなぁ、何よ?」
 電話口に出てきたのは女性だった。俊治の視界が涙でにじむ。
「あ、あの、透を」
「透はシャワー浴びてるけど、何?」
 俊治は携帯電話の電源を落として、家までの距離を走った。走りながら自分に言い聞かせた。透は自分がいなくても生きていける。透にとって自分は盲目的で馬鹿な人間で、ATMくらいにしか思われていない。鍵を開けて、部屋の中へ入り、ダイニングキッチンのこたつテーブルにつまづく。
 部屋の中はゴミと脱ぎ散らかした衣服で雑然としていた。自分も母親みたいに片づけられない人間になっていって、いずれ、近しい人から捨てられるんだろうか。俊治はゴミ袋になっているコンビニの袋を一つ、拾い上げた。
 捨てられてしまうくらいなら、自分から捨てたい。
 俊治は手に持っていたゴミ袋を足元へ落とした。

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