ひかりのあめ13 | ナノ





ひかりのあめ13

 柔らかい枕の感触に、俊治は起きようとした意識を沈めた。もう少し、と寝返りをうちながら、うっすらを目を開けると、上品なベージュの壁が見えた。知らない部屋だ。
 慌てて起き上がろうとして、頭を押さえた。久しぶりの二日酔いだ。俊治は軽い羽毛布団の上に倒れ込む。
「あー、思い出した」
 日付が変わってから、博人に会い、彼の家に来て飲んだ。自分の軽さにめまいを覚えるとともに、客室に寝かせてくれた博人の紳士ぶりに感心した。
 俊治は布団から出て、リビングのほうへ歩いた。座り心地のよさそうな四脚の椅子とダークブラウンのテーブルがある。椅子の一つに腰かけている博人が見えた。俊治は新聞を読んでいる博人の背中に朝のあいさつをする。
「おはようございます」
 コーヒーカップに手を伸ばした博人は、ゆっくりと振り返り、俊治にあいさつを返してくれた。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい……俺、あんまり記憶ないんですけど、迷惑かけませんでしたか?」
 探るようにうかがうと、博人は笑って首を横に振った。
「クロワッサン、食べる?」
 二日酔いで頭が痛いが、腹は空いていた。俊治が頷くと、博人は新聞を折りたたんで、テーブルの端へ寄せた。一社分ではなく、他社の新聞や英字で書かれたものも何部かあった。
「あ、俺、自分で」
「いいよ。顔、洗っておいで」
 バスルームの場所を教えてもらい、俊治は顔を洗った。兄弟はいないが、兄がいたらあんな感じなんだろうか。
「今日は休みなんですか?」
「午前中だけね」
 俊治はコーヒーを一口飲んでから、温かいクロワッサンに手を伸ばした。
「もしかして、自分で焼いたんですか?」
「いや、それは近所のパン屋さんで買ったよ」
 博人は、何でもできるわけじゃない、と続けて笑った。
「でも、パスタもオイルサーディンもすごくおいしかったです」
 目の前で嬉しそうに笑う博人から視線をそらして、俊治はアップルジャムを塗ったクロワッサンを頬張る。視線を上げると、彼はまだこちらを見ていた。
 博人はほほ笑みながら、左肘をテーブルについて、ずっと俊治を見つめていた。俊治はだんだん緊張してきて、コーヒーを飲み込むのも苦しくなってくる。ジャムを頬にでもつけているんだろうか。右手で頬を擦っていると、彼がようやく口を開く。
「俊治君」
「はい」
「……友達のことだけど」
 友達、と聞いて、俊治は一瞬何のことか分からず、視線を泳がせた。
「本当に困ったら、ここへ連絡するように言ってくれる?」
 博人が、以前、俊治にくれた名刺と同じものを差し出す。異なるのは彼の名前の下に手書きで携帯電話の番号があることだった。
「それ、俺のプライベートの携帯だから」
「あ、……はい」
 受け取りながら、俊治は変な気分になった。自分のことを友達のことと偽って話したのは俊治自身なのに、プライベート番号をもらった架空の存在に嫉妬している。そのことに気づいて、俊治は自分が嫌になった。
「どうしたの?」
「え?」
「すごく悲しそうに見える」
 俊治は、何もないと答えて、礼を述べた。
「俺、そろそろ帰ります」
「送るよ」
「いいです。してもらってばかりで、俺、返せない」
 俊治がそう言うと、博人は笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺が送りたいから、送らせて、ね?」
 嫌です、とは言えなかった。

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