ひかりのあめ6 | ナノ





ひかりのあめ6

 博人はあれから、毎週水曜の夜にバーへ来るようになった。彼は投資サービス会社のインハウスローヤーをしており、緊急の事案がある場合は深夜を過ぎてから来ることもあった。俊治にはインハウスローヤーが何かさっぱり分からなかったが、博人は仕事の話をするわけではなく、コンビニの新商品の話や休日に見た映画の話をしてくれた。
 話し上手な彼は、俊治だけでなく、オーナーや店長、他のアルバイトからも人気で、時々、別の客とも話をして盛り上がっていた。頭のいい人は何でも器用にこなすんだな、と俊治は何となく思った。きっと部屋もきれいに片づいているに違いない。
「俊治君がぜいたくだと思うご飯って何?」
 グラスをみがいていた俊治は、唐突に話しかけられて、素直に答えた。
「タマゴかけご飯です」
 答えてから、もう少しおいしそうなものにすればよかったと思う。タマゴかけご飯は少し貧乏くさい気がした。
「あぁ、俺も。タマゴかけご飯、いいね。日本人って感じがする。以前、海外研修に行ってた時、日本食が恋しくなったよ。でも、向こうにある日本食レストランじゃ、タマゴかけご飯も味噌汁ご飯もなかった。そういうのが、いちばんしっくり来るのに」
 俊治は博人がタマゴかけご飯を食べるところを想像して笑った。あまりそういう食事は似合わない気がする。
「笑うと……」
 博人が何かを言いかけてやめた。
「何ですか?」
「いや、何でもない」
 俊治は小さく頷いて、別の客のところへ足を運んだ。

 今月は透へすでに十万円を渡していたが、彼は何度か部屋へ来た。先週は二万円しか残っていなかったが、一万円を渡した。今週は五千円を渡していた。俊治は、彼が金を何に使っているか知っていた。彼の両親の借金がどうなったかは知らないが、家を出てから、彼は俊治にもらった金をパチンコや交際費にあてている。彼自身にも借金があるようだった。
 俊治にとって米とタマゴはぜいたく品のため、いつもコンビニでスナック菓子を買って食べた。お菓子なら日持ちもいい。空腹は大きかったが、俊治は我慢していた。スナック菓子をゆっくりと五枚だけ食べた後、袋を輪ゴムで結び、目を閉じて寝転んだ。
「うーん」
 もう少し食べてもいいか、と思い悩んでいると、インターホンが鳴る。
 給料日の日は嬉しいが、それ以外の日は苦しい。俊治は財布を手にして、玄関へ向かった。立っていたのはもちろん透で、うしろには五人ほど似たような格好をした男達が見える。
「透……」
 透は靴を脱いで中へ入ってきた。他の人間には何も言っていないのに、勝手に入ってくる。
「うわ、汚ねぇ」
 最近はそこまでひどくはない。見つけられなかった洗濯機の回し方のメモは、オーナーがもう一度書いてくれたし、掃除機のかけ方もようやく覚えた。コンビニのゴミ袋さえちゃんとゴミの日に出せば、俊治の部屋はまともに見える。
「透」
 俊治は自分より背の高い男達の間を抜けて、洋室になっている部屋の窓辺に立っている透へ近寄った。
「俺さ、思ったんだけど」
 透は素早く俊治の財布を奪うと、中身を開いた。小銭と千円札が三枚しか入っていない。
「おまえ、俺のこと好きなんだろ?」
 俊治は同性愛者だった。それは透を好きになる前から、自分で気づいていたことだった。だから、オーナーに誘われた時も大きな抵抗はなかった。バーに来る客の中に好みのタイプを見つけると、観察してしまう。客とは絶対に寝るな、とオーナーから強く言われているため、これまで何度かあった客からの誘いは断っているが、もしオーナーが黙殺していたら、もう何度か寝ていただろう。

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