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 その夜もユハはうとうとしながら、ヴァリオが現れるのを待った。ほの暗いロウソクの明かりとともに扉が開く。ヴァリオはロウソクをテーブルへ置き、音を立てないようにユハの眠るベッドへ近づいてきた。
 ヴァリオはいつものように指先でユハの頬をなでた後、しばらくユハのことを見つめていた。いつもと違ったのは、ヴァリオが突然、ひざをついたことだ。ひざまずいたヴァリオはユハの左手を握り締める。ユハが驚いて目を開くと、ヴァリオの黒い瞳がうるんでいた。
「ユハ……」
 ユハにはヴァリオが何を言いたいのか分かった。先に言ってしまえば、ヴァリオの立つ瀬がない。だから、ユハはヴァリオが言うまで待ち続けた。長い長い時間が過ぎていく。だが、それは二人の間を流れていった時間に比べれば、ほんの一瞬でしかない。
「……すまないっ」
 肩を揺らして泣き始めたヴァリオは、情けない顔を隠すように、握ったユハの左手ごと彼の顔へ近づけた。ユハの左手にヴァリオの流した涙が触れる。
 ユハは、許すなんて言える立場ではなかった。利用されていたとはいえ、自分にもっと力があれば、すべてはもっと違う方向へ進んだだろう。
「ヴァリオ」
 くちびるを噛み締めていたユハは、にじんだ視界でヴァリオを見つめた。
「六度もおまえの命を奪った。俺の魂は自害すれば縛られる。もうおまえを脅かすことはない」
 ヴァリオはそう言うと、懐から短剣を取り出した。離れていった手を追うようにして、ユハは左手を伸ばす。
「い、嫌です」
 ヴァリオの握った短剣の柄部分をユハは上から握り込む。
「離せっ」
「嫌ですっ」
 しばらくの押し問答の後、鋭い刃の部分がユハの指先に触れた。
「あ」
 傷は浅かったが、ベッドシーツの上に血が落ちていく。ヴァリオが慌ててユハの左手を高く上げ、止血を施した。ユハは右手で短剣を拾い上げると、自分のうしろへ隠す。
「ユハ」
 それを見ていたヴァリオが名前を呼んだ。
「どのような禁術なのですか? あなたと私がこの生をまっとうしたら、どうなるんですか?」
「……分からない。七度目の命を奪い、その禁術の代償に俺の魂も縛られるとだけ書いてあった。だが、それとこれとは別問題だ。俺が自死すれば、おまえは」
「あなたがいなければ、私はどうして自分の犯した罪を自覚すればいいのですか? どうして温もりを知ることができるんですか? 私を……っひとりに、しないで、ください……」
 ユハは嗚咽を漏らした後、子どものように泣いた。ヴァリオが衝動的に抱き締める。ヴァリオは己の行動に驚いていたが、ユハはすぐに両腕をヴァリオの背中へ回した。
 どうしてかは分からない。
 だが、とても懐かしい気がしていた。
 ユハは強く、ヴァリオのことを抱き締める。ヴァリオの温かい吐息を耳のそばで感じた。



 ヴィラ地方のとある街は綿織物と狩猟で成り立っている。その街には大きな屋敷が建っており、春先になると、屋敷の裏庭は目を楽しませる花々が咲き乱れた。屋敷の所有者はアーロン・ベイルと言い、前国王からも信頼の篤い、人格者であったという。彼の隣にはいつも、彼のことを「ヴァリオ」と呼んだ青年がいた。その青年が誰で、どこからやって来たのか、誰にもわからない。二人は長年の親友のように何でも分かり合い、まるで夫婦のように互いを尊重し合っていた。

 やがてアーロンが天寿をまっとうした後、青年はその後を追うように翌日のうちに息絶えていたという。アーロンの遺言により、屋敷はリズと呼ばれた使用人が管理するようになった。

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