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 熱い背中に冷たい地面は気持ちがいい。ユハが思わず、背中を押しつけるように動くと、リズが慌てて、彼の着ていた上着を脱ぎ、ユハの背中をかばう。
「汚れてしまいます」
 ユハは小さく言い、リズの手を払おうとしたが、腕は痺れていて思うようには動かない。
「ユハ様」
 リズはユハの体に涙を落とした。
「私の体をきれいにして頂き、ありがとうございました」
 ユハはリズの言葉の意味が分からず、泣いている彼を見つめる。
「どうか、兄を許してください」
 目を見開いて驚くユハに、リズは涙を拭いて笑みを見せた。
「さぁ、屋敷のほうへ戻りましょう」
 同じくらいの背丈なのに、リズは意外にも力強くユハを担ぎ、地下牢から出る。
「リズ、あなたは……」
 ヴァリオの弟だったのか、と聞こうとしてやめる。ユハは視界をにじませた。目が熱い。かつて救えなかった命がめぐり、今、ユハのことを担いでいる。リズの背中から伝わる温もりにユハは静かに泣いた。



 冬の間、ユハは背中の傷とこじらせてしまった風邪を癒すため、ベッドに寝たきりとなった。雪はいつも目にしてきたものだ。ユハは窓からちらちらと降る雪を眺めていたが、音を立てた暖炉へ視線を戻した。この街は冬が長いと聞いた。その分、春になると短い時間を有効に使おうと花々は一斉に咲き乱れるという。
「ユハ様」
 ノックの後に入ってきたリズが、滋養のある野菜粥と果物を運んできた。ベッドに座り、湯気の立っている粥から食べ始める。地下牢からこの部屋へ運ばれてから、すでに一ヶ月ほどが経っていたが、ユハが起きている間にヴァリオがここへ来ることはなかった。リズから、ユハが眠っている間にヴァリオが訪れていると聞いてから、ユハは寝た振りをするようになった。
 やつれたヴァリオは温かな指先でユハの頬をなでてから出て行く。時々、ヴァリオは泣いていた。ユハを起こさないように気づかいながら、声を殺して泣くヴァリオに、ユハは胸が締めつけられた。ヴァリオが大きな勘違いをしていたとしても、自分の罪が消えるわけではないのに。ユハはそう思って、小さく溜息をついた。
「リズ」
「何でしょう?」
「ヴァ……アーロン様は何を?」
 リズがヴァリオの弟であったかどうか、ユハには分からない。あれ以降、リズはこの屋敷の当主に使える使用人としての立場を崩さず、ユハが遠い昔話をしても、おとぎ話としか思っていないようだった。
「アーロン様は、また国王様からお誘いを受けていらっしゃるようです。先の戦争で、多くの優秀な人材を失ったとかで、国王様もよい人材を手に入れようと必死みたいです。これは街で聞いた話ですけど」
 ユハが手を止めると、リズは苦笑した。
「大丈夫です。アーロン様はずっとここにいらっしゃいますよ。さぁ、ちゃんと召し上がってください。春までに体力をつけて、庭を散歩したいとおっしゃっていましたよね?」
 ユハは頷いて、食事を再開した。この屋敷の裏庭は、近隣の街の者でも知っているくらい美しいらしい。春が来るまでに、自分の足で立って、歩けるくらいまで回復したいとユハは思っていた。

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