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 彼は悲しい夢を見ていた。
 目を閉じたまま泣いていると、夢の世界にデジタル音が聞こえてくる。
 もう時間だ。
 彼が目を開くと、覚醒を感知した時計が音を止める。目の前に下りてきたディスプレイが今日の講義一覧を教えてくれた。
 彼は夢の内容をかすかにしか覚えていなかった。とにかく悲しい夢だった。頬をつたった涙の痕はまだ乾いていない。
 とても不安な気持ちになり、彼は身支度をするとすぐに部屋を出た。自動ドアをいくつも抜ける。彼の寮があるD地区は植物学専攻の生徒が多い。彼はB地区まで走った。
 目的地の部屋まで来た時、彼はディスプレイに浮かび上がるその名前を見て一息ついた。彼はこの部屋へ自由に入れる。認証システムの前に立つと、ピっと電子音が鳴り、ドアが開いた。寮内部の造りは変わらない。
 寝室へ直行すると、彼の恋人はまだ眠っていた。彼は安堵して、ベッドへ近づき、恋人の髪に触れた。黒い髪と同じ色の瞳が開いて、彼を見上げる。
「どうした?」
 彼の恋人は彼の右手を引くと、強引にベッドの中まで引き込む。
「泣いたのか? 何があった?」
 彼以外のことに無関心で無愛想な恋人は、他の学生達から恐れられている。彼の恋人は感情表現の乏しい彼の心の機微に敏感だった。彼は自分が特別であることを嬉しく思い、先ほど見た夢の内容がかすんでいくのを感じた。
「悲しい夢を見た気がして……」
 温かいベッドの上で、彼は恋人の腕に頭を乗せ、その胸に耳を当てた。心音が聞こえる。
「どんな?」
「あまり覚えてないけど、僕達がどんどんすれ違っていくような夢」
 彼は恋人に覚えていることを話した。すでに枯渇して久しい原料が使われていた時代に、資源を守るための組織にいたこと、不思議な力があったこと、誤解によって彼が恋人から憎まれること。
 そこまで話すと、彼の恋人は彼の体を抱き締めながら笑った。
「俺がおまえを憎む? こんなに愛してるのに?」
 彼の恋人が彼の髪にくちづけた。彼は笑って、体をくすぐってくる恋人の指に自分の指を絡める。彼はとても愛されている。それを実感していた。両親のない彼は施設で受けたテストの成績がよく、この学園に特別枠推薦で入学した。そして、彼のことを甘やかす恋人に出会い、六歳から十二年間ともに学んできた。現在も同じ大学へ進学し、一緒に学んでいる。
 もう一人じゃない。
 彼はそう思った。
「でも、おまえが泣いたんだ。よほど悲しい夢だったんだな」
 彼の恋人はそう言って、頬をなでてくれる。
「俺はひねくれてるから、おまえを傷つけたのかもしれない。だけど、俺はおまえのこと絶対一人にしないから。どんな方法を使ってでも、必ず、おまえのことを見つけてやる」
 彼は体を起こして、恋人の体の上に覆い被さるようにして、キスを落とした。
「いいよ。どんな方法でもいいから、僕のこと、追いかけてきて……物理学専攻のくせに輪廻転生とか信じてる?」
 彼が笑うと、彼の恋人は真顔で答えた。
「信じてる。俺は魂の存在を信じてるから」
 彼の恋人はくるりと体をひねると、彼のことを下にした。
「講義は?」
「昼からだ」
 彼は愛撫を受けながら目を閉じた。夢の世界観はどう考えても、今よりも原始に近かった。だが、いずれこの惑星も消滅するかもしれない。生命の歴史は繰り返すと学んできた。あれは予知夢かもしれない。
「僕も……信じてる」
 目を開くと、彼の恋人はほほ笑んだ。彼はどんな瞬間より、幸せを感じて、ほほ笑みを返した。



【終】

17 番外編

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