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 ヴァリオが言ったようにユハは絶望の中にいた。ユハがユハと名づけられた生は思い出していたが、ユハにはそれからの記憶がおぼろげだった。だが、確かにどの生も幸せとはほど遠かった気がする。これが最後だと言うなら、ユハはそれを受け入れることができるとさえ思った。自分の魂で償えるなら、ヴァリオの気が安らかになるなら、それがいちばんだ。
 ユハの体はまだ吊るされていたが、両足は着く状態だった。だが、ユハは自分の力では立てない状態で、荒縄で縛られている腕に大きな負担を強いている。背中は熱く、体の芯は冷えていた。ヴァリオは鞭打ちの後、うしろからユハを犯し、行為が終わると桶の冷水をユハに放った。せき込むとよけいに寒さが増す気がする。

 暗闇の中で目が慣れても、何もない地下牢の中では鉄格子の形くらいしか分からない。ユハは目を閉じて、幸せなことを考えてみた。思い浮かぶのは一つだけだ。ヴァリオが優しく抱いてくれたことだった。あれはユハに対する同情であり、ヴァリオには好意などまったくないのかもしれない。だが、誰が自分に愛を教えてくれたのか、ユハは知っていた。
「ヴァ……リオ……」
 明るくなった視界の先にその人が立っている。ヴァリオは鞭を肩手に持ち、無表情にこちらを見ていた。
「あな……たが、おしえ、て……くれた」
 愛って温かいんだね。
 最後にそれが分かってよかったとユハは思った。ヴァリオの手から鞭が落ち、彼は慌てた様子で携帯していた短剣を握った。ヴァリオの表情には焦りがあったが、ユハは目を閉じていため、そのことには気づかない。首筋に冷たい感触があった。小さな足が駆けてくる音が聞こえる。
「アーロン様っ!」
 リズが息を切らしながら、地下へ続く道を走ってきた。ヴァリオは短剣を隠すと、リズに向かって叫んだ。
「使用人がここで何をしている。屋敷へ戻れ」
 リズは主人に怒鳴られて、一瞬、足を止めたが、それでも少しずつ牢へ近づいてきた。
「リズ!」
 ヴァリオが叫んだのと、リズが吊るされたユハの姿を見たのは同時だった。ユハは目を開くと、リズを見てほほ笑んだ。
「私が悪いのです。ご主人様は私に罰を与えているだけです」
 だが、リズの目には大粒の涙が光っていた。
「アーロン様、どうして? アーロン様はこんなことするような方じゃない。下々の者達も平等に扱ってくれる。文字が読めなかった私にも、優しく教えてくれた……」
 文字、と聞いて、ヴァリオは不意にユハを見た。ユハはリズが泣くのを見て、胸が痛んだ。自分の存在は誰も幸せにすることができない。
「ユハ……」
 ヴァリオに呼ばれ、ユハは光のない瞳を向けた。ヴァリオの瞳は見開かれ、くちびるはわなないている。
「おまえ、まさか……レイシアが何度か言っていた。おまえは時々、書簡を読んでいない、読んでいる振りをしているように見える、と。まさか文字が読めなかったのか?」
 ユハは否定も肯定もせず、静かに目を閉じた。
「私の罪は変わりません」
 だから、七度目の命を奪われることも受け入れる。ユハはそう思いを込めて、目を閉じた。ヴァリオが二、三歩、後ずさる。
「アーロン様?」
 リズの声にユハが目を開くと、ヴァリオが牢から出て足早に去っていく。一瞬、ヴァリオの前髪が揺れ、目尻から光る雫が流れていくのが見えた。
「ユハ様」
 短剣を手にしたリズに呼ばれて、そちらを見ると、リズが右手を伸ばして懸命に荒縄を切ろうとしてくれる。リズから敬称をつけて呼ばれるような身分ではないと言おうとした時、ようやく荒縄の拘束から解放され、ユハの体は濡れた地面に倒れ込んだ。

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