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samsara12

 神殿の地下牢へ投げ出された時、ユハはしたたかに右肩を打った。ヴァリオから受けた暴行の傷痕を自分で治癒できないユハは、周囲の冷たい視線にさらされながら、野営地から神殿まで歩かされた。体はもう限界で、水を一口飲みたかったが、それすら許されなかった。
 聖地グルントや諸国の状況を知らないユハには、どうして自分が反逆者と呼ばれ、ここへ囚われたのか分からない。ユハは自分に咎があるなら、それはヴァリオの弟を救えなかったことだと考えた。そして、人々をだますような形で上級神官になったことだ。もちろん、ユハの意思ではなかったが、だましていたことに変わりない。
 ヴァリオの瞳を思い出す。彼は自分を憎んでいる。そのことを考えると、ユハの気持ちは深く沈んだ。

「ユハ」
 名前を呼ばれて目を開けると、鉄格子の向こうにデミアスが立っていた。
「大広間へ呼ばれている」
 デミアスが開錠して格子の扉を引いた。ユハは体の痛みをこらえながら、手をついて立ち上がる。
「ずいぶんひどい顔になってしまったな」
 ヴァリオに殴られた顔は腫れ上がっていた。くちびるも切れており、話すことすら億劫になる。
「これまでのおまえの罪を箇条書にしたものがある。おまえはそこに署名するだけだ。目を通す振りをしろ。分かるな?」
 ユハはデミアスの言葉に小さく頷く。
「私は……」
 解任されるだけなのか、命をもって償わなければならないのか、ユハは聞きたかったが、言葉にできなかった。
「おまえはとても役に立った」
 デミアスはそう言って狡猾な笑みを浮かべる。大広間の扉の前には、騎士団の人間が立っていた。中へ入ると、レイシアと他に三人、騎士団の人間がいた。青の教会側はユハを入れて五人、上級神官がそろう。ヴァリオの姿がないことにユハの心が痛んだ。
 ユハの目の前にデミアスが言っていた書面がある。ユハは椅子に座ると、あたかもそれを黙読しているかのように振る舞った。この罪状に、文字が読めず、書けないことも足していいくらいだと思う。
 右上にあったインクと筆へ視線をやり、ユハは署名をするために、手を伸ばした。
「ユハ殿」
 向かいに座っていたレイシアが鋭い視線を寄越す。
「ヴァリオの弟は、たとえ貴殿が稀代の法力を持っていたとしても救えなかった」
 ユハはレイシアの心づかいに視線を落とし、軽く頭を下げた。唯一、書くことのできる自分の名前を書き終わると、扉の外にいた騎士団の人間がユハの体を拘束した。
「我々まで欺いていたとは」
 上級神官の一人が芝居がかった声でそう言った。ユハが署名した書面にはユハの罪が書かれている。最高位の上級神官になるために各国の権力者と取引したこと、法力の弱さを隠したこと、大国マールと密約を交わしていたこと、教団に集まる寄付金を私的に使い、使用人を雇っていたこと。取引には寄付金と己の体を使ったことが明記されていた。だが、文字が読めないユハには何が書いてあるのか分からない。
 上級神官の言葉を聞いたユハは、あなた達は知っていただろう、と言おうとした。ユハの法力が上級神官になるには足りないことは知っていたはずだ。ユハが言葉を紡ぐ前に体を拘束した騎士団の人間が、口にも枷をはめる。それは処刑されるまでに自死させないためのものだった。
 ユハが驚き、デミアスへ視線をやると、彼は視線をそらした。レイシアは何かを考えるようにこちらを見ている。
「……っん、んっ」
 誰もユハの口から真実を聞こうとはしなかった。体を引きずられるようにして、また地下牢への道を歩かされる。罪状のいちばん下には、上述の罪を償うため、公開処刑を受け入れるか、という問いかけがなされていた。ユハはそれに署名したのだ。

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