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 弱々しい光が傷口に注いだ。細かな傷は消えるが、致命傷の傷がふさがることはない。騎士団の人間であれば、ユハの法力がどれくらいのものか、すぐ分かるだろう。レイシアと医学知識を持った青年が険しい表情でユハを見た。ユハは額から汗を流しながら、必死に魔法を使う。
「っ、どうしてだ?」
 冷静でいられるはずがないヴァリオが、ユハの肩をつかんだ。
「もっとちゃんとしてくれ。頼むから、死なせないでくれ」
 ユハは汗とともに涙を流す。くちびるを噛み締めて、精神を集中させた。こんなに長い時間、法力を放ち続けるのは初めてだった。だが、ユハがどんなに救いたいと思っても、ヴァリオの弟の命は消えかけていた。彼が右手を動かすと、ヴァリオが力強く握り返す。何か言葉をかけて安心させようとしたヴァリオに、彼はかすれた声で、「ごめん」と告げた。
 ユハは自分の命に代えても、ヴァリオの弟の命と救いたいと思ったが、奇跡が起きるはずもなく、彼は目を閉じて息を引き取った。手を握り返したまま、ヴァリオがうつむき、その右手にくちづけをする。見る者の胸を引き裂くような嗚咽だった。
「ユハ殿」
 レイシアが顔を上げたユハに首を振って見せる。もう法力を使っても意味はない。ユハがかざしていた両手を引くと、嗚咽を漏らしていたヴァリオがこちらを見た。黒い瞳は憎悪に染まり、ユハは素早く動いたヴァリオの拳を避けられない。左頬に衝撃を感じた後、口の中に血があふれた。
「ヴァリオ!」
 止めに入った二人を振りきり、ヴァリオは倒れ込んだユハの胸倉をつかんでもう一度殴った。二人に両脇から抱えられても、ヴァリオは自由になる足で、ユハの体を蹴った。
「ヴァリオ、自分を見失って人を傷つけるつもりか?」
 レイシアがそう言ってヴァリオを殴った。ヴァリオは足を止めたが、ユハは震えながら、次の攻撃を恐れることしかできない。
 ユハはヴァリオの弟を救えなかったことに大きな喪失感を味わっていた。それは家族を亡くしたヴァリオの喪失感とはまた異なるものだ。ユハは今まで自分の体を差し出すことで、聖地グルントや人々を守れているのだと信じてきた。だが、実際には助けたいと思った人すら救えない。
 役に立っている、というデミアス達の言葉の真意は、デミアス達にとって役に立っているという意味だった。そのことには薄々と勘づいていたが、ユハはどうすることもできない状況にいた。ただユハの立場がこれからどう解釈されるのか、ユハ自身にも分からない。ユハがろくに回復魔法も使えない上級神官だったいうことはヴァリオを始め、レイシアにも青年にも知られた。
 騎士団は青の教団と密接な関係にある。軍務長官二人がユハの現在の地位を免職すると声を上げれば、ユハは地位を追われることになる。
 レイシアがヴァリオを連れて、テントの外へ出た。青年は倒れ込んでいるユハを起こして、声をかける。
「大丈夫ですか?」
 ユハは頷いた。体中が痛んだが、ヴァリオの心の痛みに比べれば、耐えられるものだと思えた。青年が傷を診ると言って、断りを入れてから、ユハの貫頭衣の裾をめくる。肩まで一気にめくり上げて、青年の手が止まった。ユハの体には性行為をした痕が色濃く残っていたからだ。甘噛みの痕や桃色にぷっくりと膨れている乳首を見た青年は、すぐに裾を元へと戻した。
 ユハは青年の行動には無頓着なまま、虚空を見ていた。耐えてきたことすべてが無駄なことだったように思えて、ユハは涙すら流せない。おそらく、ユハが取るべき行動は自ら現在の地位を返上し、ユハのことを稀代の法力の持主だと信じてきた人々に謝罪をすることだ。ユハは手をついて立ち上がると、ヴァリオの弟のそばへ行き、彼の体にある細かな傷を癒した。
「……」
 青年は何も言わずにいてくれる。ユハはヴァリオの弟のつま先から頭まで順番に手をかざして、できる限りきれいな体にした。
 法力を使いすぎた疲労からか、ユハはテントを出る時、危うげな足取りになる。テントの外ではすでに松明が準備されていた。ユハを囲むように騎士団の人間達が立っている。その囲いが解かれた。デミアスがゆっくりとした足取りでユハに近づいてくる。優しい言葉など期待していなかったから、デミアスの口から出た言葉に驚きはしなかった。
「反逆者め」
 ユハには返す言葉を考えるだけの気力も体力も残っていなかった。

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