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 神殿の脇から裏へと移動する時、ユハは喜々として花を見て歩いた。小川のせせらぎも耳に心地いい。その様子を見ていたデミアスが足を進めながら言った。
「目に焼きつけるがいい。しばらく外には出られなくなる」
 ユハは修練があるから、そう言われたのだと思い、返事をした。雪の降る地域で育ったユハには南の植物は珍しく、すべてが新鮮だった。神殿の裏には三段の石段があり、そのまま回廊から神殿の最奥部へと入る。
 回廊から続く北の部屋の一部は北塔と呼ばれていたが、ユハが知るよしもない。塔とはいっても中は宿舎のような造りで、ユハは最奥の部屋まで連れていかれた。
 螺旋上の階段の先にある部屋は贅沢な造りで、大きなベッド、鏡台、テーブルの上には豊富な果物が並んでいた。
「まずは湯浴みしてもらおう」
 デミアスがそう言って、使用人を呼びつける。神殿に使用人がいるのは不思議な感じがした。神官は法力を持った聖地を守る戦士であり、そういう立場の人間が、金で使用人を持つのがひどく不自然だったのだが、幼いユハにはそこまで分からない。呼ばれてやって来た使用人は軽く会釈をして、ユハを浴場へ連れていった。
 ユハは湯浴みが嫌いではなかった。体が温まり、いい香りがするのは何となく幸せな気分にさせてくれる。人にしてもらうのは初めてだったが、使用人は優しくしてくれた。
 少し腹が減っており、テーブルの上の果物を食べてもいいか聞くと、使用人がきれいに皮を向いてくれる。それを一口大に切ったものを差し出されて、ユハは礼を言い、食べた。果物はユハが初めて口にするものだったが、甘酸っぱい味でおいしかった。
 口を動かしていると、デミアスと名乗った上級神官と三人の男達が入ってくる。よく見ると、デミアスは青い衣をまとい、男達も同じ色の衣を着ていた。使用人が一礼して部屋を出ていく。ユハの前に立ったデミアスはユハの口の端からあふれた果汁をその指先で拭ってくれた。
「どうです?」
 男達は品定めするようにユハを見てから、口々に称賛した。それは容姿を讃える言葉ばかりで、きちんと自分の顔を見たことがないユハはただ聞き流すしかない。
「法力のほうはどうだ?」
 デミアスは果物ナイフを手にすると、ユハの左腕を引いた。手の平の上を鋭い切っ先が滑る。
「っあ」
 ユハは椅子から飛び上がり、痛みに顔をしかめる。デミアスは同じように彼の手の平も切った。
「ユハ」
 治してくれ、と言われて、ユハは自分の傷よりも先にデミアスの傷を治癒する。デミアスの手の平から傷が消えても、ユハは自分の傷を治癒しなかった。上級神官達は己の傷口を治癒しないユハを見て笑った。
「自己治癒ができない欠陥品か」
「それだけ慈愛の性質が強いことになる。欠陥品ではない」
「いずれにしても」
 最後に口を開いた上級神官が、ユハの手を取って、傷を治してくれた。
「ちょうどいい人形になってくれますよ」
 ユハは意味が分からず、彼らを見上げた。
「明日から始めよう。ユハ、おまえはこの部屋から出てはいけない。分かったか?」
 頷く以外になく、ユハは首を縦に振った。

 翌日からユハは修練が始まるのだと思っていた。朝、使用人に起こされ、朝食を済ませると、服の着替えを手伝ってくれた。修練所へはいつ行くのか気になったが、デミアスはこの部屋から出てはいけないと言っていた。文字も読めない自分は、まず机上での勉強から始めるのだろうか。ユハは美しいレース越しに外を見た。
 最奥の部屋の窓からは十メートルほど下を流れる小川と草むらが見えた。小さな花々が点々とあったが、神殿の前から横にかけての景色には劣る。
「ユハ」
 デミアスが上級神官の一人と入ってきた。

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