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samsara5

 真っ青な衣を脱がされたユハは、きれいに磨かれた鏡台の前に座る。鏡の中に映るグレイッシュブルーの瞳を見た使用人の一人が賛辞の言葉を吐いた。使用人はブラシでユハの黒髪をといてくれる。ユハの髪は闇色の黒ではなく、ダークブルーのような色をしていた。光があたるとその黒は少し青みがかって見えた。
 ユハに用意されている部屋は神殿の最奥部にあり、ユハの行動範囲は自分の部屋と会議室だけだった。時々、他国の者との謁見や騎士団の人間と話をする時だけ、謁見の間へ行くことを許される。上級神官であり、最高位を与えられながら、自分の行動が制限されていることに、ユハは何度か疑念を抱いてきたが、それを口にすることはない。
 ユハがここへ連れてこられたのは、まだ八歳になったばかりの頃だった。法力を持って生まれた者はどんな身分の者でも一度は聖地へ送られる。ユハは冬には雪で閉ざされる小さな北の孤児院からここへ来た。
 聖地グルントはどの国にも属さず、豊富な水と資源を持つ土地にあった。二つの河に挟まれた肥沃な土壌は多くの農作物や果物を育てる。歴史上、何度か周辺の国々がこの土地を争って戦争を起こした。そこへ青の教団を創設した神官ウィールが、魔法を使って戦いをやめさせた。その後、どの国も介入できない聖地グルントとした、という物語が始まりだとされている。
 それから数百年、法力を持つ者は聖地へ行き、神殿内に併設される修練所で訓練をし、魔法を使えるようになった者は神官として神殿へ入る習わしとなった。法力を持っていても魔法の使えない者は帰される。
 ユハの法力は攻撃や守備における魔法ではなく補助系のものだった。ユハ自身、覚えていないが、孤児院でケガをした子の傷を、手をかざして治したことが始まりだった。回復魔法はもっとも難しいとされており、使える者が極端に少ない。回復魔法の使い手として大成しなくとも、ただ擦過傷を治せる程度でも神殿へ入る確率が高い。
 ユハは孤児院で世話になった先生達から常々、役に立つ人間になりなさいと言われていた。孤児院で育てられたのは幸いなことだったが、たいていは十歳にもなれば人手不足が続く漁業や農業へ従事する者達へもらわれていく。ユハは他の子と同じように文字を知らず、自分の名前すら書けない状態だったが、自分もいつか畑を耕す人間になるのだと信じていた。育てるなら草花がいいと夢想した。
 神殿へ行くことは予想外だったが、修練所で必死に頑張れば、自分でも誰かの役に立つことができると思っていた。それに、ユハの心はとても明るくなっていた。北の村を抜けて数日の旅が終わる頃、聖地グルントはユハの目に色鮮やかな花々を映した。
 美しい白い建物の脇に青い小川があり、赤や紫や黄色の花が咲き誇っている。緑のじゅうたんの上に可憐な花と地平線の向こうには遥かな空の青が見えた。
 ユハがきれい、と感嘆の言葉を紡ぐ前に、目の前の男が言った。
「美しい……」
 自分のことだと分からず、声の主を見上げると、男は別の男に告げた。
「これはいい。聞けば、回復系だとか。ならば、直接、奥へ入れてしまおう」
 男の視線が品定めするようにユハを見下ろす。ユハは怖くなって、視線を落とそうとした。男の手があごをつかむ。
「おまえはとても役に立ちそうだ」
 役に立つ。そう言われてユハは少し嬉しかった。文字を覚えたら、先生達に手紙を書こうと思った。男はそのまましゃがむと、ユハに笑みを見せた。
「ようこそ。私はデミアス。上級神官の一人だ」
 ユハは小さく自分の名前を告げた。

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