vanish番外編5
体勢を崩した修はうしろに手をついた。
「別にずっといようとか思ってないし、慎也君のことはどうせそんな程度だって思ってたよ」
ずいぶんと早口で修はそれだけ言うと立ち上がる。
「それから、これは気に入ってるからつけてるだけだから」
修が右手の人差し指にある指輪を触った。タカはそれを見て吹き出しそうになったが、首を縦にして頷く。自らそんなことを主張するなんて、まだ未練があるから身につけていると言ったようなものだ。
かわいい奴。
タカはそう思って、そう思った自分に嘲笑した。
「ところでさ、タカって頭痛持ちだっけ?」
「いや。けど、頭痛薬なら救急箱に入ってるぞ」
必要なのかと思い、そう告げると、修は押し入れを開けて、封の開いていない新しい頭痛薬とカッターナイフを取り出した。
「何?」
どうして押し入れにそんなものを入れたのか、という問いを込めて、修を見上げると、彼は布団の上に頭痛薬とカッターナイフを落とした。
「俺じゃない。ルリちゃんでもない」
他に情緒不安定な奴っている?
続けられた言葉にタカは枕元の携帯電話を取った。頭痛薬はともかく、カッターナイフを持っていた理由が見えない。タカは嫌な予感に胸を押さえた。数コールの後、出てきた要司の声はまだ眠そうだった。
慎也の実家は住宅地にある一戸建てだ。土曜だからか、ガレージには車があり、家族が中にいることを教えてくれた。葵の話ではもう家を出て二人で暮らしているに違いない。だが、住所を聞くためには、ここを訪れるしかなかった。
要司がずっと無言でいるのが、タカにはキレる前兆のように思えて仕方なかった。中から出てきたのは慎也の義理の母親で、そんな子は知らないと言われ、もめていると父親が出てきて、彼女と同じようなことを言った。
当然、葵の住所を教えてもらえず、タカは駅までの道のりを歩きながら、携帯電話をいじった。A大学の薬学部に知り合いはいないが、大学に在籍していた知り合いならいる。
「……帰すんじゃなかった」
独り言を拾ったタカは要司の肩をつかんだ。
「要司、俺のせいだ。おまえが怪しんだのに、俺があいつを連れてきたんだから」
手の中で携帯電話が震える。知り合いから、葵を知っている人間がいないかあたってみるという返信がきた。
「何か分かったら、すぐ連絡する」
駅で別れた後、タカはマンションの自室へ戻った。修がリビングから飛び出してくる。彼もついてくると言ったが、関係ないからと置いてきていた。
「どうだった? 慎也君、見つかった?」
首を横に振ると、修は携帯電話のフラップを開いた。
「何て言うの?」
「誰が?」
「慎也君の苗字。協力する。A大とか言ってなかった? 俺、顔、広いの、知ってるだろ?」
修は無関係だが、少しでも情報が多いほうが見つかりやすい。タカは慎也の苗字と葵の名前を出した。
軽く昼食をとっている最中に、修の携帯電話が鳴る。
「もしもし?」
テーブルの上のパンが入った袋をよけて、修が紙とペン、と急かす。タカは慌ててレシートとボールペンを渡した。
「ありがと」
電話を切った修がレシートの裏に書いた住所を渡す。
「時田って奴のマンション」
「誰だ、それ」
「A大の薬学部の学生だった人。そいつの友達が少し前からおもちゃが手に入ったって漏らしてたらしい。ちなみに、葵って奴もそこに出入りしてるって」
タカはレシートをつかむと携帯電話を持って玄関へ走った。
「修、ありがとう!」
「お礼はエッチでいいよ」
「馬鹿っ。とりあえず、ここにいろ。すぐ帰るから」
振り返ると、修はパンの包装を開けていた。
「いってらっしゃい」
その声には答えなかったが、タカはほほ笑みながらエレベーターへ走っていた。 |