samsara4 | ナノ





samsara4

 暖炉で燃える炎を見ていた彼は、部屋に入ってきた男の気配に振り返る。夜から朝にかけて男は毎日のように彼を抱いた。彼は少しくらい体調が悪くても、それを悟らせることなく抱かれることに徹した。弱さを見せてしまえば、優しくされる気がした。優しくされたら、頼ってしまう。期待してしまう。
 うしろから貫かれながら、彼はベッドのシーツを握り締める。薪が燃えていく乾いた音と自分の上げる嬌声しか聞こえない。アナルを突かれるだけで射精することができる彼のペニスから、先走りがあふれた。大きく深く突かれた瞬間、彼は男の名前を呼んだ。リズから聞いていたアーロンという男の名前を口にしながら、射精する。
 性急な動きでアナルからペニスを抜くと、男は彼の体をひっくり返して、その頬を殴った。射精の後の余韻を吹き飛ばしたその拳が、もう一度、逆の頬を殴る。彼は驚いて男を見上げた。
「……俺の名はヴァリオだ」
 彼はわけが分からないままヴァリオと名乗る男を見つめ続ける。
「その瞳……ユハ、俺に気を許したのか? あの売春宿から出してやったから?」
 ヴァリオは鼻で笑った。指先で顔を覆い、笑みを浮かべる。
「絶望を味あわせてやる。来い」
 彼はじんじんと痛む頬に手を当てることもできず、強い力で手首をつかまれ、ヴァリオに引っ張られて、裸のまま屋敷の中を歩いた。ヴァリオは言葉を発することは許さない雰囲気をまとっている。彼自身、何を言えばいいのかも分からない。
 ユハというのは自分の名前なんだろうか。彼はそんなふうに誰かから呼ばれた覚えがなかった。
 屋敷の外に出て、西にある納屋へ連れていかれる。中は埃とカビのにおいで満ちていた。さらに、扉の向こうにある階段が地下へと続いており、ヴァリオは地下へと降りていく。光の入らない地下牢の中へ、体を投げ出される。彼は冷たい土の上に手をついた。
「ア……」
 アーロンではなくヴァリオという名前の男の影を必死に見上げた。
「ヴァリオ様っ」
 鉄格子をつかんだ彼は必死にヴァリオの名前を呼んだ。だが、ヴァリオは振り返ることなく階段を上がっていく。布切れ一つ身につけいていない彼は、濡れた土と残酷なほど冷たい鉄格子に震えた。
 目が暗闇に慣れても、一筋の光もない地下牢では、ヴァリオの言う通り、絶望という言葉しか思い浮かばない。自分がここへ閉じ込められる理由が分からない。暗い笑みを浮かべていたヴァリオは、初めて会った時のように、彼を憎んでいた。あんなに深く優しかった性行為は何だったんだろう。
「ユ……ハ……」
 そんな名前は知らない。冷たい土の上に座り、彼は目を閉じる。涙が目尻から頬を伝って流れていった。理不尽なことには慣れている。身分の低い者はいつでも、上の者の扱いを受け入れなければならない。

 寒さで眠れなかった。彼は横たえた体を自分の腕で抱えながら、歯を鳴らしていた。どれくらい時間が経ったのか分からない。誰かが来る気配もなかった。目を開けても閉じても同じ色だった。熱い涙があふれる。ヴァリオの気が変わって、ここから出してくれるまで、彼はただ待つしかなかった。

「ユハ」

 彼は無意識のうちにその名前を口にした。

 黒い闇の中に真っ青な衣が舞う。上級神官の中でもっとも高位の者がまとうことを許される法力を帯びた衣だった。五つに分かれた席の頂点に彼は座った。目の前にはいくつかの書簡が置いてあった。彼の右手側に座していた上級神官の一人が読み上げてくれた。署名を、と言われ、彼は自分の名前をそこに書いた。
「ユハ・シヴァール」
 うまく書けましたね、と言われて、ユハはほほ笑んだ。自分の名前を表す文字をようやく書けるようになった。

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