ゆらゆら13 | ナノ





ゆらゆら13

 孝巳はテーブルの向こうにいる幸喜を見た。
「幸喜」
 帰りたい、と目で訴えると、優しい恋人はすぐに察する。
「すみません。彼、体調が悪いみたいなので、残念ですが、今夜は帰ります」
 孝巳はうつむき、一成のほうを見ないようにした。
「いえ、またの機会をお待ちしております」
 名刺を差し出した一成に、幸喜も自身の名刺を取り出す。一成は孝巳にも名刺を出した。だが、孝巳はそれを手にせず、幸喜へ寄りかかるようにして、目を閉じる。
「ありがとうございます」
 幸喜が代わりに受け取り、二枚重ねて胸ポケットへしまった。孝巳は背中に視線を感じながら、彼に抱えられるようにして、店を出る。
「大丈夫?」
 孝巳は首を横に振り、「家に帰りたい」と告げた。
「送るよ」
 肩へ触れていた手が離れ、左手を軽く握る。嘘をついている気分になる。まだ嘘ではないが、事実を話していない。早く話したほうがいいのに、口から漏れたのは、「ごめん」という謝罪だった。
「いいよ。店に行く前から、顔色悪かったのに、気づかなかった俺も悪い」
 そのことに対しての謝罪ではない、と言うべきだった。暗がりにまみれて、彼の手を離さず、強く握り返す。本当は家に帰りたいのに、胸が苦しくなり、「幸喜の部屋がいい」と言った。
 一成に抱かれた。たった二日前のことだが、ずいぶん長い間、幸喜と体を重ねていない気がした。それが異常に思えて、すぐにでもしたいと願った。
「そんな目で見て……」
 苦笑する幸喜に、孝巳も似たような笑みを返す。車に乗り込んでから、孝巳は彼の頬へキスをした。
「ダメだよ、今夜は大人しく寝ないと」
 押し返されて、シートベルトを装着される。
「こっちに泊まるって、連絡入れたほうがいい」
「うん」
 携帯電話を手にしたまま、孝巳は運転に集中している幸喜へ視線を向けた。秘密を持ったことなんてない。勇気を出して、告げようと口を開いたら、幸喜が小さく笑った。
「茅野さんて、すごい人だな」
「え?」
 幸喜は前を見ながら続ける。
「孝巳を初めて見る人は、たいてい見惚れるのに、あの人はそんな感じじゃなかった。可愛い人やきれいな人を見慣れてるか、孝巳が好みのタイプじゃないのかな? どっちにしても、関心持たれなくてよかった」
 減速した車は、信号前で停止する。こちらを見て安堵の表情を浮かべる幸喜に、孝巳は何も言い出せなくなった。

 月曜の朝、幸喜の部屋で朝食を済ませ、孝巳はベッドへと戻った。昨夜、彼は抱いてくれなかった。もっとも彼は、気分の優れない自分を抱くような、非情な人間ではない。携帯電話の中にある写真を見返しながら、気分を変えなくては、と考える。
 突然、鳴り出した電子音と身に覚えのない番号に、孝巳は携帯電話を落とした。すぐに拾い上げて、そのまま鳴りやむのを待つ。しばらくすると、メールが送信されてきた。アドレスには一成の苗字がアルファベットでつづられている。
 会わないか、という内容のそれを削除して、孝巳は携帯電話の電源を切った。


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