ゆらゆら12 | ナノ





ゆらゆら12

 幸喜の運転する国産車の中で、孝巳は憂うつな気持ちを抱えたまま、外を見ていた。
「調子悪い?」
 わずかな変化も見逃さない幸喜が、運転しながら、こちらを見つめる。赤信号で停止した時、手を重ねられた。
「大丈夫」
 帰りたいとは言えず、孝巳は弱々しくほほ笑んだ。仮にあの個室だったとしても、食事の間だけ耐えれば平気だ。車を有料駐車場へ入れ、、孝巳は幸喜と並んで『なごみ』へと向かう。
 金曜に訪れた時と同じく、ライトアップされた出入口には店員が立っていた。
「予約している榎本です」
 幸喜の言葉に店員は笑みを浮かべて、頷く。
「存じております。さぁ、奥へどうぞ」
 前を歩く幸喜の指へ触れると、彼が振り返り、笑みを見せた。孝巳は案内される先を知っている。どうして、と疑問を投げかけたい相手はいない。
「どうぞ」
 個室は畳をはり替えたばかりの香りがしていた。
「ちょっとした旅館みたいだなぁ」
 幸喜は掘り炬燵式のテーブルへ近づき、窓から見える紅葉に目を細めた。
「孝巳、モミジが見えるよ」
「うん」
 孝巳は幸喜の向かいに座り、居心地の悪さから視線を落とす。畳についた手を胸元へ上げると、幸喜が驚いた表情を見せた。
「どうした? トゲでもあった?」
 テーブル越しに伸びてきた幸喜の手に、右手を引かれる。
「何でもない」
 幸喜は指先へ軽くキスをしてくれた。品書きを開き、「何にしようか?」とほほ笑む。
「任せるよ」
 品書きへ目を走らせ、迷うふりをした。左手が服の裾をつかむ。同じ部屋だが、今、目の前にいるのは幸喜だ。右手を左手の拳へ重ね、小さく息を吸い込む。
「お決まりですか?」
 先ほどの店員ではなく、スーツを着こなした男が、頭を下げて入ってきた。孝巳は彼が頭を上げる前に、声だけで一成だと認識して、拳を握る。自分の緊張とは裏腹に、幸喜は笑みを深くした。
「あぁ、雑誌、拝見しました。茅野さんですよね?」
 営業職に近い幸喜は、人を魅了する声と笑みで、初対面である一成へあいさつをする。一成もまた、抜け目ない笑みを浮かべた。孝巳だけが、青ざめているその場で、二人は和やかに話し出す。
「榎本さんに来て頂けるなんて光栄だな。そちらは?」
 互いの紹介に続いて、一成がこちらへ視線を向けた。孝巳は彼の瞳から逃れられず、ただ見つめ返す。
「工藤孝巳君です」
 孝巳と幸喜の関係は、両家の親や近しい人間以外知らないものの、工藤家と榎本家に交流があることは周知であり、二人だけで会っていても疑問をぶつけられることはない。
 はじめまして、と差し出してきた手を握らずにいると、幸喜が不思議そうな表情でこちらを見た。
「孝巳?」
 孝巳は小さな声で、「はじめまして」と返す。手を握ることはできなかった。握った瞬間、引っ張られて、わけの分からない世界へ連れて行かれそうで怖かった。
「俺、気分悪い……」
 畳の香りとともに、ここで起きた出来事が明瞭になる。孝巳は幸喜へ助けを求めたのに、先に反応したのは、一成だった。
「布団を敷きましょうか?」
 あくまで接客態度を崩さない一成だが、瞳の奥には嗜虐の炎が見える。孝巳は彼がどうするつもりなのか分からず、とにかくこの個室から出たくて仕方なかった。


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