ゆらゆら11 | ナノ





ゆらゆら11

 父親の姿はなかったが、久しぶりに母親と兄二人でテーブルを囲んだ。直前まで眠っていた孝巳は、グラスに注がれた水を飲み、視線を上げる。
「まだ眠そうだな」
 俊彦が苦笑した。
「起きてるよ」
 孝巳は俊彦とその隣に座っている裕二へも視線を向けた。二人の前には和食が並び、母親と自分の前には洋食が並んだ。デミグラスソースのかかったハンバーグへナイフを入れ、孝巳はゆっくりと食事を始める。
「孝巳はうちがもらうからね」
 母親の言葉に、兄達の手がとまる。
「そうなのか?」
 裕二からの問いかけに、孝巳は頷いた。
「何だ、俺のところに来てくれると思ったのに」
「幸喜のところはいいのか?」
 俊彦は幸喜の会社へ就職すると思っていたらしく、驚いた様子だった。その表情には、孝巳が彼の会社を選ばなかったことを、彼自身は知っているのか、という問いかけも含まれている。
「さっき決めたから、まだ幸喜には言ってない」
 ずいぶん簡単に決めたな、と裕二に笑われた。将来像のない孝巳には、どこでも同じに思えた。
「月曜にでも、来てみる? もし興味が持てなかったら、俊彦達のところも含めて、見学してから決めてもいいのよ?」
 孝巳はあいまいに頷いた。
「うわの空だな。明日のデートのこと、考えてるのか?」
 からかうように言われ、孝巳は小さく息を吐いた。予約はキャンセルしたが、それで昨夜のことすべてが消えるわけではない。幸喜以外を受け入れたのは初めてだった。あんなことがあった翌日に、こんなふうに家族と食事できるなんて、自分は案外、強いのかもしれない。
 孝巳は、「ごちそうさま」と席を立つ。自室のベッドへ寝転び、目を閉じた。忘れたいのに、一成の大きな手や、その手がどんなふうに自分の肌の上を滑ったか、思い出してしまう。
 携帯電話を握り、孝巳は幸喜へ連絡した。コール音の後、留守電へ切り替わる。ベッドの上に携帯電話を放り出し、孝巳は枕へ顔を埋めた。思考とは裏腹に一成のことをどんどん思い出していた。

 市立美術館内にあるカフェでコーヒーを飲みながら、孝巳は手元のパンフレットをのぞき込んだ。向かいの席では幸喜が携帯電話を耳に当て、小声で話をしている。会社関係だと分かった。
「大丈夫? 俺、部屋で待ってようか?」
 久しぶりのデートだが、仕事より自分を優先しろと言うほど、孝巳は自分勝手な人間ではない。今日は芸術品を一緒に見て回り、あとはレストランで食事する程度だ。それなら、彼の部屋で彼の帰りを待つのも悪くないと思った。
「いや、大したことじゃないから、大丈夫だよ。それより」
 携帯電話をしまい、こちらを見てほほ笑む幸喜へ、孝巳も笑みを浮かべる。
「今夜、どこで予約が取れたか知りたい?」
 孝巳が首を傾げると、幸喜は目を細めて笑う。
「『なごみ』だよ。昨日の夜、電話があったんだ。キャンセルが出たんだって」
 楽しみだね、と続く言葉に、孝巳は頷くことしかできない。もし、落胆したら、おかしいと勘付かれる。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
 孝巳は個室の中へ入り、天井を仰いだ。自分のキャンセルした個室だというなら、またあの部屋で食事することになる。偶然とは思えず、孝巳はくちびるを噛み締めた。


10 12

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -