samsara3 | ナノ





samsara3

 彼が目覚めると、ベッドの脇に男が座っていた。男は朝のあいさつもなく、ただ彼の額にキスをくれた。
「あの」
 彼はベッドから起き上がろうとした。それを男が制する。大きな手の平が、彼の肩をベッドへ押し戻した。
 このまま抱かれるんだろうか。そうだとしても、彼には抗う理由がない。彼を落としたのは、男であり、彼の体だけではなく、命すらこの男が自由に扱っていい。彼は静かに体の力を抜いた。
 不思議なことに男の瞳には最初に見た憎悪の色がなかった。あれは見間違いだったのかと彼は思った。闇色の瞳には少し緊張した表情の自分が映っている。
 男は彼にかかっていた毛布をはぐと、前だけくつろげて、ペニスを取り出した。まだ完全に勃起していない。昨日は口でしようとして機嫌を損ねている。彼はうかがうようにそっと手を伸ばした。
 男は彼の手を振り払わず、彼の手が扱くのを許してくれた。彼は商売の延長線上ではなく、男に少しでも気持ちいいと思って欲しいと思った。あの売春宿から解放し、眠る場所を与えてくれた男に尽くすことが、これから彼がするべきことだ。
 男はベッドの横に置いてあるミニテーブルの引き出しから、小瓶を取り出した。昨日、リズが彼の体に塗った香油と似ている。男は手の平にその液体を馴染ませると、彼のアナルへその指先を入れた。
 彼は男の手を煩わせないよう、体から力を抜き、指での拡張に協力する。目を閉じて、感じるままに動き、甘い息を吐く。彼は男の指だけでいけそうだった。
 ベッドが軋む。男が指を抜いて、勃起したペニスにも香油を垂らした。彼が目を開くと、男のそれは香油によって滑りやすそうに輝いていた。あれで突かれると考えるだけで、肌が粟立つ。どれくらい気持ちいいのか想像する自分を、はしたないとは思わなかった。彼の日常はその繰り返しだったからだ。
 男のペニスがアナルの縁からぐっと押し入ってくる。直腸を突き進んだペニスが前立腺へ触れた瞬間、彼は射精していた。男が構うことなく、腰を動かす。
 揺れる視界の端に明るい陽射しが見えた。朝から体をつなぐ。何も悪いことではない。甘い体の痺れに彼のペニスが二度目の精を放つ。男は彼の体のことなら何でも知っているかのように、前立腺を刺激しながら、首筋にくちびるを這わせた。彼は男から与えられる刺激に夢中で、男がどんな目で彼を見ていたか分からなかった。

 屋敷に来て一ヶ月が経とうとしていた。初雪がちらつき始めた朝、男との情事を終えた彼は浴場へ向かう。リズが流してくれると言うが、彼はリズのを煩わせるのが嫌で、自分で体の汚れを落とした。
 男は一度も好意の言葉をささやかない。だが、男の心根が優しいことは何となく分かっていた。男はこの街一の富豪である貴族の息子だった。彼にはさっぱり分からなかったが、隣国との戦争が終わり、男は戦地から戻ってきたとのことだった。男の華々しい戦歴は国王からも評価されていて、一年前に相次いで両親を亡くした男に、何度も首都から呼び出しがあったが、この街が合っていると断っていた。
 リズは男に心酔しているようで、その功績をうっとりと語ると、彼に向き直って言った。
「アーロン様がお客様をお連れになることは珍しいことです。きっとあなた様を気に入っていらっしゃるんだと思います」
 彼は汚れを落としながらリズの言葉を思い出した。自分を気に入るなんて考えられない。彼は売春宿にいた寒村出身の身分の低い人間だった。リズは彼のことを差別したりしないだろうが、他の人間は違うだろう。胸に散らばる所有の証を目で追った。愛されているわけではない。男の気まぐれで抱かれている。好意の言葉がなくても、男は今までの誰よりも優しく深い快感を与えてくれる。それでいい。それ以上を望んではいけない。

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